2010年4月27日火曜日

「核廃絶に向けた画期的な一歩」ではないが、少なくとも核軍縮・軍備管理の進展に向けたスタートラインには立てたか?:オバマ政権の「核態勢見直し(Nuclear Posture Review)」

「核態勢見直し(Nuclear Posture Review=NPR)」が、4月6日に発表されました。(http://www.defense.gov/npr/

昨年5月に、NPRの中間報告書的位置付けにあった戦略態勢委員会の報告書(戦略態勢委員会の報告書は、同委員会の委員長であるウィリアム・ペリーと副委員長のジェームス・シュレシンジャーの名を取って、「ペリー・シュレシンジャー報告書」とも呼ばれています。http://www.usip.org/strategic_posture/final.htmlより原文を入手可能。なお、ブログでの解説はhttp://hamisheddietsundoku.blogspot.com/2009/05/lead-but-hedge.html)がすでに出されており、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で必要な議論はほぼ、し尽くされているとの印象を持っていました。

実際、今回発表されたNPRが「ペリー・シュレシンジャー報告書」の延長線上にあることは、米国防総省もNPRについて説明した記者ブリーフィングで認めており(http://www.america.gov/st/texttrans-english/2010/April/20100407120928eaifas0.1092449.html)、結局のところ、NPRは前々から予想されていた通りの内容となったと言わざるを得ませんが、いずれにせよ、NPRの発表によりオバマ政権の核兵器政策の中身がはっきりし、ここに来てようやく、オバマ米大統領のプラハ演説で示された構想の評価が可能になったと思えます。

一方で、米国防総省はNPRについて、「ペリー・シュレシンジャー報告書」を単純に模倣したものではないとも説明しています。特に、NPRはオバマ大統領のリーダーシップの下に作成されており、この点が「ペリー・シュレシンジャー報告書」とは明確に異なっていると言いたいようです。例えば、NPRの発表を受けて米国防総省が行った記者ブリーフィングにおける、米国防総省側の以下のような発言がそうです。

Senior leadership engagement -- it's a shorthand in the nuclear business that nuclear weapons are the president's weapons. This president has been directly engaged in this review, in a very deliberative, thoughtful, thorough way.
(NPRには)米軍の最高司令官が関与している。つまり、核の問題をめぐり、端的に言いたいのは、核兵器は大統領の兵器であるということだ。オバマ大統領は、極めて周到で慎重な、かつ徹底したやり方で、直接的にNPRにかかわっている

But this report is President Obama's -- the -- you will hear the word "foundational." He considers this a foundational document of his administration; reflects his thinking, his leadership.
(ペリー・シュレシンジャー報告書とは違い)NPRはオバマ大統領のものだ。「foundational」という言葉があるが、オバマ大統領はNPRを、大統領自身の考えとリーダーシップを反映した政権の基礎を成す報告書として捉えている

なるほど、「ペリー・シュレシンジャー報告書」では意見が真っ二つに分かれ、まとまらなかったとされていた包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准の是非について、NPRでははっきりと批准を目指す方針を打ち出していますが、これなどは確かに、オバマ大統領のリーダーシップによる決断であることは間違いないでしょう。

また、「ペリー・シュレシンジャー報告書」は、ロシアが多弾頭搭載型の新大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に着手するなど、核兵器の近代化を進めている現状に言及し、そうした状況に対応した核抑止力も、米国は維持する必要があると指摘しています。が、NPRでは、核兵器体系におけるロシアとの軍事バランスを保つため、米国が保有する多弾頭独立目標再突入体(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle=MIRV)搭載型のICBMを、すべて「De-MIRVed(非MIRV化)」し、ICBMに搭載できる核弾頭の数は一つのみとするという方向性が明記されました。この決断にも、第一次戦略核兵器削減条約(START I)に替わる新条約交渉で、何とかしてロシア側を説得しなければならなかったオバマ大統領のリーダーシップが発揮されているであろうことは、想像に難くありません。おそらく、ICBMの非MIRV化は、新核兵器削減条約へのロシア側の合意を得るためにも必要な措置であり、オバマ大統領がロシアのメドベージェフ大統領に提示した条件の一つなのではないかと思われます。

「ペリー・シュレシンジャー報告書」については、米国の軍縮・軍備管理を専門とする有力なシンクタンク、アームズ・コントロール・アソシーエションが発行するアームズ・コントロール・トゥデイ誌に、「Hedging(核抑止力)の話ばかりで、Leading(核軍縮)の話をほとんどしていない」(http://www.armscontrol.org/act/2009_6/KristensenOelrich)と批判する論評が掲載されるなど、特に核兵器廃絶を強く推進する人々を失望させる内容だったともいわれていましたが、NPRは少なくとも、「ペリー・シュレシンジャー報告書」ほど、核抑止力についての話一色であるとの印象を持たれるような内容にはならなかったということのようです。例えば、英フィナンシャルタイムズ紙は、NPRを以下のように評価する記事を載せています(http://www.ft.com/cms/s/0/2df22054-42a7-11df-91d6-00144feabdc0.html)。

However, such is the fevered condition of the Republican party that some critics depicted the review as the equivalent of unilateral nuclear disarmament – another washed-up phrase from the cold war era. However, the document was the fruit of a carefully parsed compromise between nuclear modernisers in the military and the “nuclear-free” conscience keepers in Mr Obama’s team.
しかし、例えば共和党の中には、NPRは米国だけが単独で核軍縮を進めると言っているに等しいと強く反発する者もいれば、冷戦期から変わらぬ古くさい考え方にすぎないと批判する者もいる。だが、軍事において核兵器の近代化は必要だとする者の主張と、「核兵器のない世界」という理想を目指したいと考えるオバマ・チームの主張の双方を慎重に分析した結果、たどり着いた妥協が今回のNPRなのである

NPRは当初、昨年の8月頃に出ると噂され、そうかと思ったら昨年末になったとなり、さらに今年の2月、3月…と公表がどんどん先送りされていったわけですが、最終的にはオバマ大統領のプラハ演説からちょうど一周年というタイミングに、NPRの発表を持ってきました。NPRの発表をこのタイミングにしたのも、おそらく意図的だったのでしょう。上の米国防総省による記者ブリーフィングでの発言にもあるように、NPRにおけるオバマ大統領のリーダーシップの強調のされぶりから考えても、NPRには、オバマ大統領のプラハ演説で示された構想の具体化への意気込みが、それなりに込められていると考えてよさそうです。

意気込みということについて、さらにいえば、NPRをまとめる責務を負うのは、マンデートでは米国防総省なのですが、当の米国防総省は、今回のNPRが「interagency review(省庁横断的な見直し)」であることをしきりに主張しているということがあります。

NPRの作成は、米国防総省、米国務省、米エネルギー省の協働で進められたため、核兵器体系や核戦略の話にとどまらない、外交の在り方や核関連施設のインフラ問題などを含む幅広い分野を網羅する内容となっていますが、米国防総省の説明によると、政府機関同士の協力のほかにも、核兵器政策に詳しい議員やNGOの人たちなど、実に80人以上の関係者とも協議してきたようです。つまり、これだけ多くの人間が、オバマ政権のNPRに責任を持ってかかわっているのだということを、米国防総省は誇らしげに強調しているのです。例えば、NPRについて説明する記者ブリーフィングでの、米国防総省側の以下のような発言です。

So any of you connoisseurs of Nuclear Posture Reviews might know that the 1994 review was essentially a very small group of people focused on a very narrow question. And what we have here today is a much larger group. And if you will, the stepping stone in the middle of the 2001 NPR never really quite had the leadership buy-in that it needed.
NPR通の記者である君たちもご存知の通り、1994年(クリントン政権)のNPRはそもそも、非常に限られた問題に焦点を絞り、極めて少ない人たちの手で作成されている。ところがオバマ政権のNPRでは、はるかに多くの人間がかかわっている。また、2001年(ブッシュ政権)のNPR作成過程に至っては、NPRに責任を負おうとするリーダーシップがまったく見られなかったのだ。

The Nuclear Posture Review of 2001 was leaked, before it was done, in unclassified form. And the last administration then found it difficult ever to talk about the results of the review, because it was talking about a leaked classified document.
2001年のNPRの場合は、報告書が完成する前に、非機密文書の形で情報が漏洩してしまった。結局、ブッシュ政権は、核態勢の見直し結果について話し合うことさえ難しいと感じるようになってしまった。漏洩してしまった機密文書について話し合うということになるからね。

And there weren't many signs of senior leadership commitment to the agenda put forward in that Nuclear Posture Review. You can expect to see many signs of leadership commitment to this Nuclear Posture Review. It reflects a very high degree of buy-in from across the civilian and uniform sides, and across the USG [United States government] as a whole, and including the president.
なので、2001年のNPRで示された政策について、大統領がリーダーシップを発揮していこうという雰囲気ではなくなってしまった。だが、オバマ政権のNPRに対しては、責任を持ってリーダーシップを発揮していこうという気運の高まりを感じ取れるはずだ。オバマ政権のNPRには、民間人から軍人、さらには大統領を含む米政府全体が、非常に高いレベルで責任を持って関与した結果、完成したものなのだから

米国防総省の上のような説明を聞く限りでは、特に、唯一の被爆国に住む私たち日本人が期待している、「核廃絶に向けた画期的な一歩を踏み出した!」と思わせるようなNPRができあがったかのように錯覚してしまうかもしれませんが、そんな内容ではまったくなく、いうなれば、核軍縮・軍備管理に向けて踏み出す前のスタートラインに、ようやく立つことができたという程度の内容であると思います。

それでは以下で、オバマ政権のNPRの内容を具体的に見ていきたいと思います。

I. 迫り来る“Nuclear Tipping Point”

「転換点」と訳される“Tipping Point”という言葉は、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で頻繁に出てきますが、「核兵器のない世界に向かう転換点」というポジティブな意味ではなく、「核が拡散する世界へと向かう転換点」というネガティブな意味で使われています。実際、「ペリー・シュレシンジャー報告書」の場合は、“a proliferation tipping point(核拡散へと向かう転換点)”と、ネガティブな意味が込められていることが明らかに分かる表現で、この言葉を用いています。

NPRでも、“a nuclear tipping point”という表現で、この“Tipping Point”という言葉が1回だけ出てきますが、込められている意味は「ペリー・シュレシンジャー報告書」とまったく同じです。

Concerns have grown in recent years that we are approaching a nuclear tipping point that unless today’s dangerous trends are arrested and reversed, before very long we will be living in a world with a steadily growing number of nuclear-armed states and an increasing likelihood of terrorists getting their hands on nuclear weapons. (2010 NPR, p.vi)
近年、核が拡散する世界が到来する転換点に近づきつつあるのではないかという懸念が高まっている。もし、今日の危険な傾向を阻止し、覆すことができなければ、近い将来、核武装国は確実に増え、テロリストが核兵器を手に入れてしまう恐れも増した世界となってしまうだろう。

NPRで示された核政策の目的は、まさに、この「核が拡散する世界へと向かう転換点」に近づこうとする歩みを止めるということにあり、この目的意識がすべての出発点となっています。従って、この目的の所与として、「核拡散と核テロリズムの阻止」がNPRの最重要課題として位置付けられるという、非常に分かりやすい議論が展開されています。

ただ、この“Nuclear Tipping Point”を強調した理屈は、実は後付けなのではないかと感じます。

核弾頭の貯蔵総数は、配備された核弾頭と未配備の核弾頭の双方に加え、もう解体しなければならない数千発あるといわれている賞味期限切れの核弾頭を合わせた数だということになりますが、問題は、賞味期限切れとなった解体待ちの核弾頭の扱いです。ちなみに、全米科学者連盟(FAS)で「核情報プロジェクト」のディレクターを務めるハンス・クリステンセンによると、2010年2月現在で、解体待ちの退役核弾頭は4500発ほどあるそうです。

米国は冷戦終結以降、核弾頭の新規製造をしていませんので、米国が貯蔵する核弾頭は製造から30~40年は経過したものということになります。老朽化した核弾頭の扱いは、軍備管理上、重要な問題であるはずで、冷戦期のように核弾頭を現在でも大量に保有し続けるというのは、さすがに無理があります。現に、ブッシュ前大統領であっても、「米国の安全保障上の要請に応じた最小限の数の核兵器で、信頼できる抑止力(“a credible deterrent with the lowest-possible number of nuclear weapons consistent with our national security needs”)」を維持すると表明していました。

ブッシュ政権はまた、2004年に、「2012年までに核弾頭の貯蔵数を半減させる」という方針を明らかにしています。ブッシュ政権は、ロシアと戦略核弾頭の配備数を1700~2200発まで削減することに合意したモスクワ条約を締結しましたが、配備済み戦略核弾頭とは別に、トリチウムが除かれるなど、すぐには使えない状態(inactive=未活性)になっている未配備の核弾頭などは「見えざる(“invisible”)核弾頭」として、手つかずのまま残されるということになります。FASの試算では、米国の核弾頭貯蔵数は約9500発であるいわれており、その内訳は、クリステンセンによると、実戦配備された(active=活性な)核弾頭が約2600発(=戦略核・非戦略核を合わせた数)、未配備のものが約2400発、そして解体待ちの退役核弾頭が約4500発ということのようです。確かに、退役核弾頭約4500発がすべて解体されれば、2012年までに核弾頭の貯蔵数をだいたい半減させることができる…という計算になります。

しかし、退役核弾頭の解体作業は遅々として進まない。ブッシュ政権が2012年までに核弾頭の貯蔵数を半減させると表明した2004年時点で、解体待ちの退役核弾頭は5000発ほどあったといわれていますが、6年経った今もほとんど減らされておらず、まだ4500発残っているわけです。この4500発を後2年ですべて解体させるのは、さすがに不可能ではないかと感じます。退役核弾頭の解体作業が遅々として進まないことについて、クリステンセンは自身のブログ(http://www.fas.org/blog/ssp/2007/05/estimates_of_us_nuclear_weapon.php)で以下のように批判しています。

Dismantling the nearly 4,900 retired warheads will take much longer to accomplish than the stockpile plan. By 2012, approximately 3,660 of the retired warheads will still be in storage. The reason is that the US dismantlement facility at Pantex in Texas is busy extending the lives of the many warheads the administration has decided must remain in the stockpile. Dismantlement will not be a priority for the next decade. Under current plans, dismantling the backlog of retired warheads will take until 2023, at an average rate of some 272 warheads per year.
約4900発(=2007年時の数)もの退役核弾頭を解体する作業は、ブッシュ政権が2012年までに核の貯蔵数を半減させるとした期限よりも、はるかに時間がかかるに違いない。期限の2012年になっても、おそらく3660発の退役核弾頭が、未だに解体されずに残っていることになるだろう。なぜかというと、テキサスにあるパンテックス解体施設は、ブッシュ政権が残しておくべきだと決めた核弾頭を延命させることに忙しいのだ。つまり、今後十年は、退役核弾頭の解体作業が優先事項とはならないということだ。このままでは、年間平均で272発ずつ解体していったとしても、未処理分の退役核弾頭の解体作業は2023年までかかるだろう。

ブッシュ政権のNPR(に限らずクリントン政権のNPRもそうですが)の長所は「柔軟性」の確保にあるといわれています。後ほど詳述する通り、オバマ政権のNPRでは、核兵器の役割を縮小することで、NPRの長所であると考えられていた「柔軟性」の幅が狭められる結果となっていますが、対してブッシュ政権のNPRの場合は、どこでどんな地域紛争が起こるか分からないし、テロリストが核兵器を使って米国を攻撃するかもしれない。また、ロシアで政変が起こり、米国に敵対的な国となるかもしれないし、中国が軍事超大国となるかもしれない…などなど、ありとあらゆる事態を想定した上で、核戦力の規模が決まるということになっています。ですので、どちらかというと、核軍縮に向けたインセンティブは低く、退役核弾頭の解体作業よりも、延命作業の方が優先されてしまうのは当然かもしれません。

一方で、オバマ政権のNPRの場合、保有する核兵器の量へのこだわりから、なかなか離れられなくなってしまう「柔軟性の確保」という考え方から抜け出そうとしているのではないかと考えられます。例えば、オバマ政権のNPRで、「将来の核兵器削減(Future Nuclear Reductions)」という小見出しが付けられている部分の以下のような記述です。

Second, implementation of the Stockpile Stewardship Program and the nuclear infrastructure investments recommended in the NPR will allow the United States to shift away from retaining large numbers of non-deployed warheads as a hedge against technical or geopolitical surprise, allowing major reductions in the nuclear stockpile.(2010 NPR, p.xi)
第二に、NPRで提案されている核備蓄管理計画や核関連インフラへの投資が実施されれば、米国は、技術的・地政学的な理由による不測の事態への備えとして、大量の未配備核弾頭を保有しておくという方針を転換し、核弾頭の備蓄数を大幅に削減できるだろう。

また、オバマ政権のNPRの「核の備蓄管理(Managing the U.S. Nuclear Stockpile)」という章では、退役核弾頭の解体についても以下のように記述しています。

The United States will consider reductions in non-deployed nuclear warheads, as well as acceleration of the pace of nuclear warhead dismantlement, as it implements a new
stockpile stewardship and management plan consistent with New START.(2010 NPR, p.40)
米国は、新たな核備蓄管理計画と新戦略核兵器削減条約における管理計画を実施する上で、退役核弾頭の解体作業の加速化と未配備核弾頭の削減について検討していく

以上二つの記述は、核軍縮について積極的な姿勢を示している記述であるとは言えませんが、しばし「核戦力において、今や保有している核兵器の量は重要ではない」ともいわれている中、核弾頭の盗難・紛失リスクを減らすためにも、不要な核弾頭はできるだけなくしていきたいと、オバマ政権が考えているのは間違いないでしょう。

そのためにも、オバマ政権のNPRでは核軍縮のインセンティブをそれなりに高めておく必要があり、その妨げとなる「柔軟性の確保」という理屈に替わる主張が必要となる…というわけで登場したのが“Nuclear Tipping Point”であるということなのでしょう。

したがって、あいつも米国を攻撃するかもしれないし、こいつも米国を攻撃してくるかもしれないから、備蓄しておく核兵器の量はでき得る限り多いほうがいいという発想ではなく、オバマ政権のNPRでは、「Nuclear Tipping Pointが近づいているぞ!危ない!」と煽ることで、米国が必要とする核戦力のサイズと核軍縮の進め方をセットで模索していくということになっているわけです。

ただし、退役核弾頭の解体ということについて言えば、オバマ政権が解体作業をどれだけ真剣に進めようとしているのか、今のところはよく分かりません。米国家核安全保障局(NNSA)によると、2011会計年度における退役核弾頭の解体作業予算は、前年度に比べて、3800万ドル減ることになるらしいのです。(http://gsn.nti.org/gsn/nw_20100222_3310.php

解体作業予算が削減されるかもしれないという状況を受け、クリステンセンは「現在の解体作業のペースでは、国際社会に、米国はむしろ老朽化した核弾頭に延命措置を施しているだけだと思われてしまい、オバマ政権の核不拡散政策に対する信頼を失いかねない」と指摘しています。5月3日から始まった核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、成果を上げたがっているオバマ政権にとって、核軍縮で本気の姿勢を見せることは必須のはずであり、核戦力のサイズをどの程度小さくしていくのかについて、ある程度は方向性を示すことが必要でしょう。このこととの関連で、以下のような報道がありました。

核弾頭5113発保有=NPT会議に合わせ公表-透明性、軍縮への決意強調-米
5月4日6時31分配信 時事通信
 【ワシントン時事】米国防総省は3日、米国が保有する核弾頭数は、実戦配備と予備と合わせ計5113発であると発表した。退役後の保管中の核は含まれていない。米国が現有核戦力の実態を公表したのは極めて異例。 オバマ大統領は、核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて、最高機密の核弾頭数を公表することで、核戦力の透明性を図り、核軍縮に取り組む決意を示す狙いがある。 同省によると、2009年9月30日現在で、配備中や予備の核弾頭は5113発。米国の核弾頭保有数が最多だったのは冷戦時代の1967年の3万1255発。当時と比較すると約84%減少したとしている。

実戦配備と予備とを合わせ計5113発ということは、active(活性)とinactive(未活性)の核弾頭の総数ということなのでしょうけど、結局、FASが見積もっている数とほぼ同じで、米国の核弾頭の貯蔵数について調査してきた専門家がすでに知っている範疇の情報でしかありませんが、解体待ちの退役核弾頭の数を含めた核弾頭の貯蔵総数は、結局のところ、明かされていません。

現に、例えば英フィナンシャルタイムズ紙は、以下のように報じています。(http://www.ft.com/cms/s/0/1565d982-5714-11df-aaff-00144feab49a.html

The total of 5,113 warheads includes all active weapons – both deployed and non-deployed – but not warheads awaiting dismantlement in line with US arms control obligations.
配備済みと未配備の双方を含む、実戦配備可能な核弾頭は全部で5113発ということだが、この中には、米国の軍備管理義務の下、解体待ちとなっている退役核弾頭の数が含まれていない。

米国の言い分は、核弾頭貯蔵数のピーク時に比べたら、84%減となる数まで縮小したんだから、もういいだろうと言っているようにも聞こえますが、いずれにせよ、今後、老朽化した核弾頭はどれだけ減らされていくのか、はたまた、実戦配備可能な核弾頭も解体されていくことになるのか、よく分かりません。解体待ちの退役核弾頭の解体作業を外から検証することも、これでは不可能でしょう。

II. 核不拡散のための拡大抑止?

オバマ政権のNPRの大きな特徴は、オバマ大統領のプラハ演説にはっきりと言及し、オバマ大統領が掲げた「核兵器のない世界」を目指すとした考え方を明記したことであるといえます。が、オバマ大統領のプラハ演説は、そもそも「核兵器のない世界」に懐疑的な人たちであっても受け入れられるような論理構成を取っており、NPRでもオバマ大統領のプラハ演説を以下のように引用しています。

In his April 2009 speech in Prague, President Obama highlighted 21st century nuclear dangers, declaring that to overcome these grave and growing threats, the United States will “seek the peace and security of a world without nuclear weapons.” He recognized that such an ambitious goal could not be reached quickly ―― perhaps, he said, not in his lifetime. But the President expressed his determination to take concrete steps toward that goal, including by reducing the number of nuclear weapons and their role in U.S. national security strategy. At the same time, he pledged that as long as nuclear weapons exist, the United States will maintain a safe, secure, and effective arsenal, both to deter potential adversaries and to assure U.S. allies and other security partners that they can count on America’s security commitments.(2010 NPR, p.iii)
オバマ大統領は2009年4月のプラハでの演説で、21世紀における核危機に焦点を当て、この重大で、かつ、高まりつつある脅威を克服するために、米国は「核兵器のない世界の平和と安全を希求していく」と宣言した。オバマ大統領は、この壮大な目的がすぐには達成できないことを認識している。オバマ大統領は、おそらく、自身が生きている間に、この目的が達成できないかもしれないとも言っていた。そうではあるが、オバマ大統領は、この目的の実現に向けて、核兵器の数と、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を縮小させることで、具体的な一歩を踏み出す決意を表明した。同時に、オバマ大統領は、核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持し、潜在的な敵を抑止するとともに、米国の同盟国と安全保障上の協調国が、米国が果たす安全保障義務に頼ることができるよう保証することを約束した

上のような言い方ですと、「核兵器のない世界」は、ややもすれば、現実味のない目的に聞こえがちではありますが、一方で、「核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持する」という方は、まさに今の時代の現実的な要請として位置付けられるということになっているわけです。

「安全で確実、かつ効果的な核兵器の維持」は、米国の同盟国と安全保障上の協調国の安全を守るための拡大抑止のためにも必要であると明言されていますが、興味深いのは、このことが核不拡散の文脈で語られているという点です。オバマ政権のNPRでは、北朝鮮とイランを名指しで批判しながら、核拡散の危険性について以下のように指摘しています。

Today’s other pressing threat is nuclear proliferation. Additional countries especially those at odds with the United States, its allies and partners, and the broader international community may acquire nuclear weapons. In pursuit of their nuclear ambitions, North Korea and Iran have violated non-proliferation obligations, defied directives of the United Nations Security Council, pursued missile delivery capabilities, and resisted international efforts to resolve through diplomatic means the crises they have created. Their provocative behavior has increased instability in their regions and could generate pressures in neighboring countries for considering nuclear deterrent options of their own. (2010 NPR, p.iv)
今日のもう一つの差し迫った脅威は、核拡散である。米国、米国の同盟国と協調国、さらには広く国際社会と対立するような国が、核兵器を手に入れるかもしれない。核兵器開発の野望を追い求めるあまり、北朝鮮とイランは核不拡散の義務に違反し、国連安全保障理事会の決議を無視してミサイル開発を続け、両国のせいで生じている危機を外交的手段で解決しようとしている国際社会の努力に抵抗している。北朝鮮とイランの挑発的な行為は地域の安定を揺るがしており、結果、近隣諸国が自前で核兵器を製造し、核抑止力を持つという道を選んでしまいかねない

以上のような想定を踏まえ、オバマ政権のNPRはさらに、以下のように続けています。

In coming years, we must give top priority to discouraging additional countries from acquiring nuclear weapons capabilities and stopping terrorist groups from acquiring nuclear bombs or the materials to build them. At the same time, we must continue to maintain stable strategic relationships with Russia and China and counter threats posed by any emerging nuclear-armed states, thereby protecting the United States and our allies and partners against nuclear threats or intimidation, and reducing any incentives they might have to seek their own nuclear deterrents. (2010 NPR, p.v)
米国は、これ以上核兵器開発に走る国を増やさせないとともに、テロリスト集団による核爆弾とその製造に必要な物資の入手を阻止しなければならない。これが、今後数年間の米国の最優先課題でなければならない。同時に、米国はロシアと中国との安定した戦略的関係を維持するとともに、新興核武装国が生み出す脅威に対抗し続けることで、自国と同盟国、協調国を核兵器による脅威や威嚇から守り、同盟国や協調国が自前の核抑止力を持とうと考えてしまいかねない誘因を減らしていくことが不可欠だ

…というわけで、以下のような提案がなされています。

By maintaining a credible nuclear deterrent and reinforcing regional security architectures with missile defenses and other conventional military capabilities, we can reassure our non-nuclear allies and partners worldwide of our security commitments to them and confirm that they do not need nuclear weapons capabilities of their own. (2010 NPR, p.vi)
米国は信頼できる核抑止力を維持するとともに、ミサイル防衛や通常戦力により地域の安全保障構造を強化することで、世界中の非核兵器国である同盟国と協調国の安全を確保する責任を改めて負うことができるのであり、そうであれば、同盟国と協調国は自前の核抑止力を持つ必要はないということが確認できる。

米国の同盟国や協調国の中には、核兵器開発能力を持つ国(ここには日本も含まれます)があり、そうした同盟国や協調国が核兵器開発に走ってしまわないためにも、米国が拡大抑止の責任を負い続けることが重要であるとの指摘は、ペリー・シュレシンジャー報告書にもありましたが、この考え方はそのままオバマ政権のNPRにも踏襲されていることが分かります。オバマ政権のNPRでは、米国の同盟国と協調国による核拡散を防ぐという意味で、「信頼できる核抑止力の維持」と「核不拡散」を論理的に結び付け、核抑止力を維持するということが米国の安全保障戦略上のそのままの意味として説明されるているのではなく、あたかも核不拡散政策の一環であるかのような印象を与える書かれ方になっています。

ここで問題となるのは、核兵器の数も、核兵器の戦略上の役割も減らすといっているオバマ政権の拡大抑止を、同盟国と協調国は本当にあてにできるのか?…ということでしょう。

III. 恫喝の消極的安全保証

核兵器の役割縮小は、オバマ政権のNPRの特筆すべき最大のポイントであるといっても、過言ではないでしょう。先にも述べた通り、クリントン、ブッシュ両前政権のNPRの長所は、あらゆる事態に対応できる「柔軟性」を確保していることであって、そのためにも、核兵器の役割をできるだけ広く、曖昧にしておくことが重要であると考えられていました。

例えば、クリントン政権のNPRでは、生物・化学兵器による攻撃も核抑止力の対象に含めていましたし、ブッシュ政権の場合ですと、2008年9月に国防総省とエネルギー省がまとめた「21世紀における国家安全保障と核兵器」(http://www.defense.gov/news/nuclearweaponspolicy.pdf)と題した報告書で、核兵器の役割について以下のように記述していました。

The policies of successive U.S. administrations have shown a marked continuity in the purposes assigned to nuclear forces. U.S. nuclear forces have served, and continue to serve, to: 1) deter acts of aggression involving nuclear weapons or other weapons of mass destruction; 2) help deter, in concert with general-purpose forces, major conventional attacks; and 3) support deterrence by holding at risk key targets that cannot be threatened effectively by non-nuclear weapons. Because of their immense destructive power, nuclear weapons, as recognized in the 2006 National Security Strategy, deter in a way that simply cannot be duplicated by other weapons.
これまでの米政権の政策について一貫して言えることは、核戦力に割り当てられる役割を継続させてきたということだ。米国の核戦力は、これまでも、そして今後も、次の通りの役割を果たしていくことになる。①核兵器、その他の大量破壊兵器を伴う侵略行為の抑止②一般目的戦力と連携し、通常戦力による大規模な攻撃の抑止を後押し③非核兵器では効果的に威嚇できない重要目標を危険な状態にさせ続けることにより抑止を支援――の三つの役割だ。国家安全保障戦略(National Security Strategy, NSS)が2006年に示した認識の通り、核兵器は、その莫大な破壊力故に、他の兵器では簡単に真似できない方法で抑止しているのである。

一方で、オバマ政権のNPRの場合、柔軟性の確保を目指すあまり、できるだけ多くの核兵器を保有しておいた方がよいということになり、結果、余分な核兵器まで持ち続けることになるよりも、余分な核兵器はなるべく減らし、保有する核兵器の数を必要最低限にしたいという意図がある。そのためにも、核軍縮に向けたインセンティブをある程度高めておく必要があり、「柔軟性の確保」の代わりに、「Nuclear Tipping Pointの回避」という理屈を持ち出し、核政策の方向性を転換しようとしていることは先述した通りです。

オバマ政権のNPRにおいて最優先となる課題は、Nuclear Tipping Pointへと向かう歩みを速めてしまうきっかけをなくしていくことであり、しっかり管理できないほど大量の核兵器を備蓄し続け、備蓄核兵器の管理がおざなりな状態のままであることは、まさにNuclear Tipping Pointへと近づくきっかけになり得るので、核戦力のサイズをきちんとした管理が行き届くところまで縮小させたい。安全・確実・効果的な核兵器を今後も維持していくにしても、そのためには核の管理強化の議論は避けて通れず、故にオバマ政権のNPRでは、備蓄核兵器の管理を支えるインフラや科学者、技術者などの人的資源の確保、核関連施設の刷新と拡充のための投資を大幅に増大させていく方針を打ち出しています。

実際、オバマ政権のNPRは、米国のNuclear Complex(核関連施設)の現状について、以下のような懸念を指摘しています。

Today’s nuclear complex, however, has fallen into neglect. Although substantial science, technology, and engineering investments were made over the last decade under the auspices of the Stockpile Stewardship Program, the complex still includes many oversized and costly-to-maintain facilities built during the 1940s and 1950s. Some facilities needed for working with plutonium and uranium date back to the Manhattan Project. Safety, security, and environmental issues associated with these aging facilities are mounting, as are the costs of addressing them. (2010 NPR, p.40)
しかし、今ある核関連施設は、放置され、ほったらかしのままになっている。核備蓄管理計画のおかげで、ここ数十年以上、莫大な科学・技術・工学費用が投資されてはいるものの、1940~50年代に造られた規模が大きすぎる上に、維持しようにもお金がかかる施設が未だに多く残されている。中には、マンハッタン計画の頃にまで遡るプルトニウムとウランを必要としている施設さえある。コストの問題と同様、こうした古びた施設の安全性と確実性、そして環境面での問題など、取り組むべき課題が山積している。

この問題に関連して、例えばロバート・ゲーツ国防長官は、オバマ政権のNPRに寄せた前文の中で、老朽化した核関連インフラを再建するために、今後数年間、国防総省の予算から約50億ドルをエネルギー省に譲渡するよう要請していると述べています。

核兵器の役割を広く、曖昧にしておくと、どうしても核戦力のサイズが膨らみがちであり、結果、管理コストも大きくなるはずですが、一方で、役割は不明だが、何かあったときのため、とりあえず持っている貯蔵核兵器の管理まできちんとしようというインセンティブなど、なかなか保てるわけもなく、それ故、上のオバマ政権のNPRで指摘されているような問題が出てきてしまっているのではないかとも邪推します。従って、核戦力のサイズを小さくするとともに、備蓄核兵器の管理を強化していくためには、核兵器の役割を縮小するということが不可欠だったと思われます。

核兵器の役割についてのオバマ政権のNPRにおける考え方は、以下の通りです。

The fundamental role of U.S. nuclear weapons, which will continue as long as nuclear weapons exist, is to deter nuclear attack on the United States, our allies, and partners. (2010 NPR, p.15)
核兵器が存在し続ける限り、米国の核兵器が引き続き果たすことになる基本的な役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止することである。

オバマ政権のNPRは、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃の抑止を、核兵器の基本的役割とした理由として、「冷戦の終結」と「通常戦力が強化されたこと」の二つを挙げています。

冷戦期には、ソ連とワルシャワ条約機構加盟国の通常戦力による大規模な軍事侵攻を抑止する役割が核兵器に与えられていましたし、米国が生物・化学兵器を禁止する国際条約に加入してからは、生物・科学兵器が使えなくなるわけですが、生物・化学兵器の開発を続けている国は存在しており、米国と同盟国・協調国に対する生物・化学兵器による攻撃の抑止も、核兵器に期待された役割でもありました。

ところが冷戦が終わり、ロシアはもはや米国の敵ではなく、ワルシャワ条約機構加盟国も今や北大西洋条約機構(NATO)の一員です。また、通常戦力の発展も目覚ましく、生物・化学兵器による攻撃の抑止も、通常兵器で可能となっています。

…というわけで、非核攻撃(通常兵器、生物・化学兵器)に対する抑止という意味での核兵器の役割は大幅に縮小されることになり、核兵器の役割は基本的には核攻撃の抑止に限定されるというのが、オバマ政権のNPRにおける理屈です。

そうではあるのですが、それでもなお、米国と米国の同盟国・協調国に対する通常兵器、もしくは生物・化学兵器による攻撃の抑止という役割を、核兵器が果たさなければならない「狭い範囲の有事(a narrow range of contingencies=2010 NPR, p.16)」があるとオバマ政権のNPRでは指摘されています。この「狭い範囲の有事」を説明するためにオバマ政権のNPRで持ち出されているのが、「消極的安全保証(Negative Security Assurance=NSA)」なのです。

NSAは、核兵器国が非核兵器国に対して核兵器を使用しないことを約束し、非核兵器国に安全の保証を提供するというものです。米、ロ、英、仏、中の核兵器国はNSAを非核兵器国に提供するとする一方的宣言を行っていることに加え、1995年に採択された国連安保理決議984でもNSAが確認されています。従って、オバマ政権のNPRでも言及されているように、NSAは米国が「長らく(long-standing)提供してきたもの(2010 NPR, p.15)」であって、オバマ政権のNPRがNSAに触れているということ自体は、真新しいことでも何でもないのです。

オバマ政権のNPRがNSAに言及していることについて注目すべき点は、NSAの対象を特定したということなのです。オバマ政権のNPRでは、NSAについて以下のように書かれてあります。

To that end, the United States is now prepared to strengthen its long-standing “negative security assurance”by declaring that the United States will not use or threaten to use nuclear weapons against non-nuclear weapons states that are party to the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT) and in compliance with their nuclear non-proliferation obligations. (2010 NPR, p.15)
この(非核攻撃に対する核兵器の役割を縮小するという)目的のためにも、核拡散防止条約(NPT)の加盟国で、かつ、核不拡散義務を遵守する非核兵器国に対しては、米国は核兵器を使用しないし、核兵器による威嚇も行わないと宣言し、長らく(非核兵器国に)提供してきた「消極的安全保証」を強化しようと考えている。

つまり、逆に言えば、米国が提供するNSAの非対象国となるNPTの非加盟国で、核不拡散義務を守らない国は、そのまま、非核攻撃に対してであっても核兵器による抑止力が留保される「狭い範囲の有事」を引き起こす国として認識されるということになるわけです。このことについて、実際、オバマ政権のNPRで、以下のように述べられています。

In the case of countries not covered by this assurance―states that possess nuclear weapons and states not in compliance with their nuclear non-proliferation obligations― there remains a narrow range of contingencies in which U.S. nuclear weapons may still play a role in deterring a conventional or CBW attack against the United States or its allies and partners. The United States is therefore not prepared at the present time to adopt a universal policy that the“sole purpose”of U.S. nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States and our allies and partners, but will work to establish conditions under which such a policy could be safely adopted. (2010 NPR, p.16)
核兵器を保有する国、そして核不拡散義務を遵守しない国という、この強化されたNSAの対象外となる国の場合は、通常兵器や生物・化学兵器による米国と米国の同盟国・協調国に対する攻撃を抑止するための役割を、米国の核兵器が果たし続けることになる狭い範囲の有事が存在する。従って、米国の核兵器の役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止するためであるとする「唯一の目的」政策を採用する準備は、今はない。しかし、「唯一の目的」政策を安全に採用できるような環境を醸成するための努力はしていく。

オバマ政権のNPRではこの「米国版強化NSA」の非対象国がどの国であるのか明言されているわけではありませんが、オバマ政権のNPRで名指しで批判されていることからしても、とりあえずは北朝鮮とイランが、「米国版強化NSA」の対象から外れる国であることは間違いないでしょう。ですので、北朝鮮やイランのような国の場合は、核攻撃であろうが非核攻撃であろうが、米国の核兵器による抑止の対象になることをはっきりさせたのだから、そこのところを忘れるなよと恫喝しているわけです。

かくして、「狭い範囲の有事」ということで非核攻撃に対する核兵器の役割が留保される部分が残され、北朝鮮とイランのような、ろくに核不拡散義務を果たさない不届き国家がいる限り、核兵器の役割を核攻撃の抑止のためだけに限定するという「唯一の目的」政策を採用することなどできませんという、核兵器廃絶を目指している人たちが、オバマ政権のNPRの中でも、特に失望させられた部分ではないかと思われる立場も明確にさせています。

この「米国版強化NSA」についてジョー・バイデン副大統領が述べていることは、さらに露骨な恫喝に聞こえます。(http://www.whitehouse.gov/the-press-office/op-ed-vice-president-joe-biden-a-comprehensive-nuclear-arms-strategy)

This approach provides additional incentives for countries to fully comply with nonproliferation norms. Those that do not will be more isolated and less secure.
この(米国版強化NSAという)アプローチによって、核不拡散の規範を十分に遵守する国は、さらに優遇されることになる。そうではない国は、さらに孤立し、一層安全ではない状況に置かれるということになる

IV. 新型核弾頭は開発しない?

オバマ政権のNPRでは、新型核弾頭の開発を行わないとする方針が明記され、この点も注目されました。オバマ政権のNPRで示されている方針は以下の通りです。

The United States will not develop new nuclear warheads. Life Extension Programs will use only nuclear components based on previously tested designs, and will not support new military missions or provide for new military capabilities. (2010 NPR, p.39)
米国は新型核弾頭の開発を行わない。核弾頭の寿命延長計画(LEP)は、過去に実験を終えている設計に基づく核弾頭に対してのみ実施され、新たな軍事活動を支援したり、新しい軍事力を提供するために行われることはない。

さらに続けて、以下のように記述しています。

The United States will study options for ensuring the safety, security, and reliability of nuclear warheads on a case-by-case basis, consistent with the congressionally mandated Stockpile Management Program. The full range of LEP approaches will be considered: refurbishment of existing warheads, reuse of nuclear components from different warheads, and replacement of nuclear components. (2010 NPR, ibid.)
米国は議会が決定した核備蓄管理計画に基づき、核兵器の安全性と確実性、信頼性を確保するための選択肢について、ケースバイケースで研究していく。LEPの手段としては、①既存の核弾頭の改修(refurbishment)②様々な核弾頭の部品の再使用(reuse)③核弾頭の代替(replacement)――の三つが考えられる。

…と以上のような方向性を明記した上で、以下のように続けています。

In any decision to proceed to engineering development for warhead LEPs, the United States will give strong preference to options for refurbishment or reuse. Replacement of nuclear components would be undertaken only if critical Stockpile Management Program goals could not otherwise be met, and if specifically authorized by the President and approved by Congress. (2010 NPR, ibid.)
LEPのための技術開発を進めるいかなる決定においても、米国は「改修」か「再使用」を最優先する。核弾頭の「代替」については、核備蓄管理計画の重要目標が達成できず、大統領の承認と、議会の同意がある場合にのみ着手される

…というわけで、最終的にはオバマ大統領がすでに中止を決定している、新型核弾頭の開発にもつながる「高信頼性代替核弾頭(Reliable Replacement Warhead, RRW)」の開発計画が、再開される可能性もあるかのように読めるような記述も見られるわけです。

RRWは信頼性が高く、長期保管が可能で、容易に維持管理できる次世代の核弾頭として期待されていたもので、NNSAが中心となり2004年から開発が始まっていました。米国が新規の核弾頭製造をやめる前の冷戦期は、次々と新型核弾頭が開発された一方で、核弾頭の維持管理に対しては優先度がそもそも低く、高性能核爆弾の中にはPBX9404やLX09のような、安定性に問題があり、寿命も短い爆薬が使われていたり(そのため、より安定性の高いPBX9504やLX17が使われるようになりましたが)、ひび割れしている貯蔵核弾頭が結構あったり、核弾頭の部品に使われるベリリウムは毒性が強く、核兵器工場で働くエネルギー省の職員の健康被害が心配されたり、金属プルトニウムについても強度低下によるひび割れや劣化が懸念されたりと、多くの問題を抱えていたわけです。なので、核弾頭を維持管理する上でのこうした問題を解決するために、RRWの開発に乗り出したということのようです。

しかし、NNSAにより委任された独立の防衛問題諮問グループ「ジェイソン(JASON)」が2006年9月に行った調査報告により、核兵器中にあるプルトニウムピットのほとんどの寿命が、最低でも100年はあることが確認されるなどしたため、RRW開発の意義は低下し、最終的にはオバマ大統領が昨年、RRW開発の中止を正式に表明する…という流れできていました。

ところが、オバマ政権のNPRには、核弾頭の「代替」の可能性に含みを持たした記述があるわけです。「代替」とは、まだ実験が行われていない新しい設計に基づいて、既存の核弾頭に替わる核弾頭を製造することを意味しますので、「代替」の選択肢を捨てずに残してある以上、オバマ政権で示されている新型核弾頭を開発しないとする方針は、有名無実化していると考えてよいでしょう。

新型核弾頭の開発をめぐるオバマ政権のNPRの上のような方針と関連して、それではオバマ政権のNPRでは、「新型核弾頭」とは何であると考えられ、それがどのように定義されているのか?という点に、当然、疑問の目が向けられることになります。オバマ政権のNPRでは、「新型核弾頭」という語に明確な定義が与えられてはいませんが、アームズ・コントロール・アソシエーションの研究部長であるトム・コリーナによると、オバマ政権は、2003会計年度の国防授権法(National Defense Authorization Act )で示された「新型核弾頭」についての定義に準拠しているのではないか…ということのようです。(http://www.armscontrol.org/act/2010_04/NewsAnalysis

2003会計年度国防授権法における定義では、第一段階で起爆用核分裂反応を起こすプルトニウム・ピットと、第二段階でウランの核分裂反応や重水素化リチウムの核融合反応を引き起こす部分組立品(canned subassembly=CSA)の二つを合わせた「核爆発パッケージ」が核弾頭であるとされ、「新たな核兵器」とは、2002年現在、貯蔵・生産されているものとは異なる、新しいタイプのプルトニウム・ピットとCSAをつくることであるとなっています。2003会計年度国防授権法の下、米議会は、既存の設計に基づくプルトニウム・ピットとCSAの「改修」がLEPにより行われることについては認める一方で、プルトニウム・ピットとCSAをまったく新しい設計でつくり直すことは禁止しています。コリーナは、オバマ政権の関係者に取材した結果、オバマ政権が2003会計年度国防授権法の際のこうした考え方を、NPRに反映させているようだと結論付けているわけです。

ちなみに「ジェイソン」が2009年にまとめた報告書によると、「既存の核弾頭の寿命を数十年延長させることが可能であり、寿命が延長された核弾頭の信頼性が損なわれることはまったくない」との見方を示しています(http://www.armscontrol.org/act/2009_12/JASON)。

この「ジェイソン」報告の結論をそのまま信じるのであれば、寿命を延長したところで核弾頭の信頼性が損なわれることは「まったくない」のだから、半永久的に既存の核弾頭の寿命を延長させ続けることができる…ということになります。従って、この「ジェイソン」報告は、オバマ政権のNPRで示唆されている「新型核弾頭などつくらなくとも、既存の核弾頭の改修で事は足りる。故に、新たに核実験を行う必要はなく、CTBTの批准も進められる」とする考え方の、論理的支柱となっているというわけです。

しかし、この「ジェイソン」報告の結論の根拠は不十分ではないかとの批判もあり、「ジェイソン」報告の見込みが外れる可能性も考えられるということで、オバマ政権のNPRでは、核弾頭の「代替」という選択肢も捨てずに残したということなのでしょう。

以上、見てきましたように、オバマ政権のNPRでは、核兵器開発といった場合、プルトニウム・ピットとCSAをいじることに限定されているため、運搬手段などの開発は核兵器開発の範疇に入らず、運搬手段の開発であれば、新型の開発であっても、ある程度は自由に進めることができる…ということになります。「ある程度は」と言ったのは、冒頭でも触れましたが、ICBMを「非MIRV化」する方針がオバマ政権のNPRではっきりと示されているためで、オバマ政権には、少なくともMIRV型の新型ICBMを今後、製造する意思はないことが分かるからです。

いずれにせよ、運搬手段については新型の製造が可能であり、オバマ政権のNPRでは「新たな軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供する目的でLEPを行うことはない」としているわけですが、それでは、LEPにより寿命が延長された既存の核弾頭を新型の運搬手段に搭載する場合、このことが「新しい軍事活動の支援」や「新たな軍事力の提供」に本当に当たらないと言えるのかどうかという疑問が、当然、起こるわけです。この点について、コリーナは以下のように指摘しています。

Another issue is how the administration defines a “nuclear weapon” in the context of its no-new-nuclear-weapons pledge. For example, the Air Force plans to begin work in fiscal year 2011 on a new, nuclear-capable long-range cruise missile, according to Department of Defense budget documents. The new missile would replace the current B-52 bomber-delivered air-launched cruise missile (ALCM) that is now in service but slated for retirement by 2030. ALCMs are armed with W80-1 nuclear warheads. Would the new missile count as a new nuclear weapon?
もう一つの問題は、オバマ政権が、新型核兵器はつくらないという約束の下、「核兵器」をどのように定義しているのかということだ。例えば、米国防総省の予算書からも明らかだが、米空軍は2011会計年度において、核弾頭を搭載できる新型長距離巡航ミサイルの開発に着手する予定だ。この新型長距離巡航ミサイルは、2030年に退役となるB-52戦略爆撃機に搭載し、発射する空中発射巡航ミサイル(ALCM)に替わるミサイルとなる予定だ。ALCMにはW80-1熱核弾頭を搭載している。(退役したALCMから外したW80-1熱核弾頭を新型長距離巡航ミサイルに搭載した場合)、この新型長距離巡航ミサイルは新型核兵器として数えられることになるのだろうか。

コリーナはさらに続けて次のような現状にも言及しています。

According to an administration source, Obama’s reference to “nuclear weapons” was specific to nuclear warheads, not delivery systems such as missiles and airplanes. Indeed, in addition to the new cruise missile, the administration is moving ahead with a variety of nuclear-capable delivery systems, such as the F-35 Joint Strike Fighter, a replacement for the Ohio-class nuclear-armed submarine, and the modernization of existing strategic ballistic missiles such as the land-based Minuteman III and submarine-based Trident II.
オバマ政権の関係者によると、オバマ政権のNPRで言われるところの「核兵器」とは、専ら核弾頭のことを指し、ミサイルや爆撃機などの運搬システムは含まれていないという。実際、オバマ政権は、新型長距離巡航ミサイルの開発ばかりでなく、F-35統合打撃戦闘機(JSF)の開発や、オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦の改良、地上発射型のミニッツマンIIIと潜水艦発射型のトライデントIIをはじめとする既存の戦略弾道ミサイルの近代化など、様々な種類の核弾頭搭載可能な運搬システムの開発を進めていこうとしている。

ぶっちゃけて言ってしまえば、オバマ政権のNPRで示されている「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭を開発しない」とする方針は、プルトニウム・ピットとCSAだけ見ればそうであると言えるかもしれませんが、それでも既存のプルトニウム・ピットとCSAの「代替」が将来的に行われることもあり得るのであり、新型運搬手段の開発に至っては、ほぼ自由に進められることを加味すれば、この方針は嘘っぱちだと言ってもいいかもしれません。

さらに穿った見方をしてしまえば、「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭の開発をしない」というオバマ政権のNPRの方針が、嘘っぱちであるようにも読めるということは、裏を返せば、米国の核抑止力が低下することはないというメッセージを暗に含めているとも思えます。つまり、この「新型核弾頭は開発せず」と言いつつも、新型核弾頭の開発につながる「代替」の可能性を排除しないといい、その上、運搬手段の開発については「新型核兵器開発」には含まれないとする方針は、前のクリントン政権やブッシュ政権のNPRとは違った形での「柔軟性の確保」であるとも言えるでしょう。
(未完続く…まもなく終わります)

2010年2月10日水曜日

米国のテロ対策:すべての貨物用コンテナを100%検査することなど本当にできるのか?

「貨物用コンテナに核爆弾が仕掛けられているかもしれない」
というような恐怖感から、米国のテロ対策として、
米国向け海上貨物のすべてを対象に、
テロに利用されていないかどうか確認するための
Scanを、100%実施するということになっています。
貨物の100%スキャニングの実施開始は2012年からとなっています。

テロリストがコンテナに核爆弾を仕掛けるなんて、
まずあり得ないだろうと普通は思いますが、
そんなあり得そうにないシナリオであっても、
万一、あり得た場合のリスクに備えるため、
「対策は徹底したものにする」という
9・11後の米国のメンタリティーを反映した典型のような例ですが、
貨物用コンテナをすべて100%スキャニングするなんて、
本当にできるのだろうか?と思っておりましたら、
昨年末に、ジャネット・ナポリターノ米国土安全保障省長官が、
「2012年からスタートなんて無理」と釈明していました。

どうやら貨物の100%スキャニングの実行可能性に、
疑問が投げ掛けられているようです。

以下、ヘリテージ財団の報告書ですが、
貨物の100%スキャニングの問題に触れていましたので
紹介してみます。

The Cargo-Screening Clog: Why the Maritime Mandate Needs to Be Re-examined
海上
貨物の審査に立ちはだかる壁:すべての貨物を100%検査するよう求めるマンデートを、なぜ見直さなければならないのか

January 13, 2010
http://www.heritage.org/Research/HomelandSecurity/bg2357.cfm
by Jena Baker McNeill and Jessica Zuckerman

Abstract: Cargo must be checked--but it is impossible to screen 11.6 million containers every year without bringing the global economy to its knees. How to avoid the paralyzing cargo clog of the Department of Homeland Security's mandate for 100 percent cargo screening? Heritage Foundation homeland security policy analysts Jena Baker McNeill and Jessica Zuckerman lay out a smart plan for risk-based screening--which can keep the country safe and prosperous at the same time.
概要:貨物検査は必要だ。が、グローバル経済を手なずけでもしなければ、毎年米国に輸送されてくる1160万個ものコンテナをチェックすることなど、到底できない。米国国土安全保障省(DHS)に100%の貨物審査(スクリーニング)の実施を求めたマンデートのせいで、物流のための機能が麻痺するという事態を避けるにはどうしたらよいのか。ヘリテージ財団の安全保障政策アナリストであるイェーナ・ベーカーとジェシカ・ズッカーマンの両氏は、米国の安全維持と経済活動の促進を両立させることができるのが、リスクベースの貨物審査であると説明する。

On January 4, 2007, Congress passed the Implementing Recommendations of the 9/11 Commission Act. Included in the bill's provisions was a mandate that the Department of Homeland Security (DHS) scan 100 percent of maritime cargo entering the United States by 2012.
米議会は2007年1月4日、9・11委員会の勧告実施法を可決した。同実施法には、米国国土安全保障省(DHS)が2012年までに、すべての米国向け海上貨物を検査(scan)するよう求めるマンデートも含まれている。

Given the fact that approximately 11.6 million cargo containers enter U.S. ports each year, this mandate could cripple the ability of the private sector to move goods on time. Avoiding this scenario will require the U.S. government to take a hard look at the efficacy of this requirement and find a workable alternative that takes into account available technologies, supply chain realities, and involves a realistic look at the threats facing the nation. This new approach should involve the following elements:
毎年、約1160万個のコンテナが米国の港で積み下ろされていることを考えると、このマンデートのおかげで、企業が時間通りに貨物を輸送できなくなるかもしれない。こうした事態を避けるためにも、米政府はマンデートが有効であるかどうか厳しい目で検証するとともに、利用可能な技術やサプライチェーンの実態を考慮に入れ、かつ、国が直面している脅威の現実的な評価を踏まえた有力な代替策を見出していく必要がある。新しいアプローチには、以下の要素が含まれるべきだ。

・A risk-based, not a blanket, approach to cargo scanning;
・Proliferation of the Container Security Initiative in which U.S. Customs and Border Protection (CBP) collaborates with foreign nations in a risk-based approach to improve security practices abroad;
・Enhancements in Customs-Trade Partnership Against Terrorism (C-TPAT) to encourage best practices for cargo security performed by the private sector;
・Expansion of the Proliferation Security Initiative (PSI) to create a multilateral, voluntary effort of nations to counter the proliferation of weapons of mass destruction without jeopardizing U.S. sovereignty;
・Continued support for the "10 Plus 2" cargo reporting requirements, which allow the CBP to obtain more knowledge about the contents of cargo in a flexible, economical manner; and
・Greater reliance on the Framework of Standards to Secure and Facilitate Global Trade in order to build relationships with allies while increasing port and cargo security through the creation and implementation of international security standards, and facilitating trade and economic and social development.
・貨物の検査を総当りで実施するのではなく、リスクベースで行う
・他国と協力し、リスクベースのアプローチで海外での安全保障実務の向上を目指す米税関国境警備局(CBP)が進める「海上コンテナ安全対策(Container Security Initiative, CSI)」の拡大
・貨物の安全を確保する民間企業のベスト・プラクティスを促進するための「テロ行為防止のための税関産業界提携プログラム(C-TPAT)」の強化
・米国の主権を侵害しない形で、各国の自発的な取り組みにより大量破壊兵器の拡散に対抗する多国間の枠組みである「大量破壊兵器の拡散を阻止する安全保障イニシアチブ(Proliferation Security Initiative, PSI)」の拡大
・外国港での船積み前に貨物についての詳細な情報をCBPに申告することを義務付ける「10+2」ルールの履行確保のための支援継続
・海上貨物の安全を確保するための国際的な基準を創設し、貿易と社会・経済開発を促すことを目的とした「国際貿易の安全確保及び円滑化のための基準枠組み」への依存度の増大

Cargo in the United States
米国向け海上貨物

The U.S. is highly dependent on foreign imports for a wide variety of goods from cars to cell phones, among other consumer items--and foreign nations are equally reliant on exports from the U.S. Ninety percent of these items move around the world in cargo containers.[1] This fact serves to make the United States a world leader in container traffic, with 32,000 maritime cargo containers entering U.S. ports each day for a total of 11.6 million containers a year.[2] Although 90 percent of these containers enter through the 10 highest-volume ports, there are more than three hundred ports in the U.S.[3] These realities make for a wide web of infrastructure, and a workforce that employs hundreds of thousands.
米国は、車から携帯電話まで、ありとあらゆる分野の消費財の物品について、外国からの輸入に大きく依存している。同様に、他国も米国からの輸出品をあてにしている。輸出品の90%は、貨物専用コンテナとして世界中を移動している。このため、米国は、コンテナ輸送の分野において、主導的な役割を果たさなければならなかった。実に、一日3万2000個もの海上貨物が米国の港に運ばれてくる。年間では、1160万個の貨物が米国に運ばれてきていることになる。輸送されてきたコンテナの90%は、10ある最大容積規模の港に収容されているが、米国には他にも300以上の港がある。結果として、インフラの広範な整備と、何十万人もの働き手の雇用が必要となっている。

Maritime Domain as Target.  Given its role in world productivity, the maritime cargo industry has long been associated with the potential for acts of terrorism--fears of which were greatly elevated after 9/11. One year before, "the Interagency Commission on Crime and Security in U.S. Seaports noted the vulnerability of U.S. seaports to terrorism."[4] Fears over such a maritime attack have largely focused on whether terrorists might place a nuclear device in a cargo container and successfully pass it across our borders through the maritime transport system.
海上貨物をターゲットとして:世界中の生産物の輸送のほとんどを担ってきた海上貨物運送業は、テロに利用される危険とも常に隣り合わせであり、9・11米国同時多発テロ以後、こうした危険に対する不安が、さらに高まっていった。1年前、港湾における犯罪と安全に関する省庁間委員会は、米国の港湾がテロリズムに対して脆弱であることについての懸念を指摘していた。特に、テロリストにより核爆弾を仕掛けられた貨物専用コンテナが、米国に輸送されてしまうのではないかという懸念が強く持たれている。

America's economy relies on the smooth movement of goods in and out of the United States-- which most often occurs by sea. Therefore, the consequences of such an attack would be enormous and could bring the supply chain to a halt. A RAND Corporation study on the efficacy of the 100 percent scanning mandate cited a Booz Allen simulation which found that a mere indicated threat of an attack on maritime cargo interests could cause $58 million in losses. An actual attack would be significantly worse and would likely have many associated casualties.
米国の経済は、米国内外のスムーズな物流(その多くが海上である)に依存している。故に、もし懸念されているように、貨物専用コンテナがテロに利用されるようなことがあれば、甚大な損害が引き起こされ、サプライチェーンが止まってしまうことになるだろう。海上貨物の100%検査の有効性について検証したランド研究所は、ブーズ・アレン・ハミルトン社が行ったシミュレーションに言及している。ブーズ・アレン・ハミルトン社のシミュレーションによると、海上貨物を利用したテロにより港湾が封鎖されることで予想される損害は、5800万ドル程度にすぎないという。だが、テロが実際に行われたら、被害はもっと大きいだろうし、多くの犠牲者を生むことにもなろう。

Experts have repeatedly argued over the "nuke in a suitcase" scenario. The nation is not exempt from the possibility of nuclear weapons reaching U.S. soil. But the probability that one would arrive through cargo is somewhat unlikely because there are simply too many risks involved for terrorists in constructing such a bomb and developing a method of getting it into a cargo container, only to later allow it to pass through the hands of security officials. Nevertheless, the maritime domain remains a vulnerable target for terrorism and is a domain worth protecting.
専門家は繰り返し、「スーツケースの中には核がある」というシナリオを強調する。確かに、核兵器が米国に送り届けられてしまうという恐れを否定することはできないだろう。しかし、貨物を利用して核兵器を米国に送り付けるという可能性は、あり得ないようにも思える。テロリストが貨物専用コンテナに爆弾などの装置を仕掛け、その貨物の通過を警備員に許可させるには、単純に多くのリスクが伴うからだ。とはいえ、海上輸送の領域は依然、脆弱であり、テロの標的になりやすく、保護することが必要だ。

Congress Abandons Risk.  For several years, the solution to this vulnerability was for the CBP to "analyze cargo manifest information for each container to decide which to target for closer inspection [but] only a small percentage have their contents physically inspected by CBP."[5] This approach recognized that some cargo was higher risk because of its contents, origin, and other attributes, as indicated through the cargo's detailed manifest, but that not all cargo represents a threat and was instead likely to be legitimate goods moving from place to place. This process of analyzing the attributes, such as contents and origin of the cargo container, is commonly known as cargo "screening," and represents a truly risk-based approach to cargo security.
リスクを回避しようとする議会:海上輸送の脆弱性という問題を解決すべく、CBPはここ数年間、精密検査の対象となったコンテナの積荷情報を分析してきた。しかし、CBPが貨物の中身を物理的に検査するケースは、極めて稀だった。従来のアプローチは、貨物の詳細な積荷情報に基づき、貨物の中身、積荷場所、その他の特性から判断して、極めて危険な貨物を見出す一方で、必ずしもすべての貨物が脅威なのではなく、輸送されてしかるべき物品があるとの認識に立ってきた。貨物の中身や積荷場所などの属性を分析するプロセスは、貨物「スクリーニング(審査)」として知られている手法であり、まさしく貨物の安全保障におけるリスクベースのアプローチである。

Immediately after September 11, two risk-based cargo security measures were enacted by Congress to further strengthen cargo security--the Container Security Initiative (CSI) and the Customs-Trade Partnership against Terrorism (C-TPAT). These were later followed by the "10 Plus 2" requirement.
9・11米国同時多発テロ直後、議会は二つのリスクベースの貨物安全保障策を決定した。CSIとC-TPATがそうである。その後、10+2ルールの履行を各国に求めるようになった。

Container Security Initiative.  The Container Security Initiative was announced in January 2002. The program requires that all companies handling U.S.-bound cargo present a shipping manifest to U.S. Immigration and Customs Enforcement (ICE) and CBP officers stationed at foreign ports 24 hours before cargo departure. This manifest information is then transmitted to the U.S. National Targeting Center-Cargo (NTCC). There, full-time "targeters" and analysts at the NTCC support the anti-terrorism efforts of the CBP and assess the risk associated with the manifest cargo. In partnership with the host customs organizations, foreign-stationed CBP and ICE officers then examine the cargo deemed to be high-risk through the manifest analysis conducted by the National Targeting Center by means of either non-intrusive inspection (NII) or x-ray scans.[6] This NII and x-ray "scanning" normally occurs in a fixed location. The process is not a speedy one, which is why it has historically only been used for the high-risk cargo. A RAND study indicated that scanning itself can take up to 15 minutes per 8x8x20-foot container, and that any subsequent physical inspection could take up to four hours longer.[7] As of mid-2008, CSI was successfully screening about 86 percent of all U.S.-bound cargo at 58 foreign seaports.[8]
海上コンテナ安全対策(CSI):CSIは2002年1月に公表された。CSIは、米国向け貨物を扱う全ての企業に対し、貨物を輸送する前に、米入国管理・税関取締局(ICE)と各国の通関地に24時間駐在しているCBPの担当者に積荷情報を提供するよう求めている。ICEとCBPに提供された情報は、ナショナル・ターゲッティング・センター貨物部門(NTCC)にも共有される。NTCCでは、危険な貨物を発見する「ターゲッター」と分析官がCBPのテロリズム対策をサポートするとともに、積荷情報が提供された貨物の危険性を評価する。通関地となる国の当局と、各国に駐在しているCBPおよびICEの担当者は連携しながら、NTCCが非接触型検査(NII)やX線スキャンを用いて実施した貨物分析を基に、危険性が高いと見なされた貨物の検査を行っている。NIIとX線による「検査」は通常、固定ロケーションで実施され、しかも、時間がかかる。それ故、従来は、危険性が高いと考えられる貨物を対象にしか実施されてこなかった。ランド研究所は、検査に費やされる時間について、8×8×20フィートの大きさのコンテナ1個につき15分かかると指摘し、その後も物理的な検査を続けたら、4時間はかかる見込みを示している。2008年半ば現在では、CSIにより、58の外国の港から輸送されたすべての米国向け貨物のうち、86%の貨物審査を実施することができたという。

The Customs-Trade Partnership Against Terrorism.  C-TPAT was born before CSI in November 2001. What makes C-TPAT unique is that it is entirely voluntary and operates as a partnership with the international trade community. In order to become a member of C-TPAT, a company submits a profile outlining its security measures. The CBP then compares the company's security levels with the expected minimum levels of the particular sector of trade in which the company falls. Besides achieving compliance with minimum security requirements, a company must also have a strong history of compliance with all related customs laws and regulations in order to gain membership.[9] These requirements allow CBP to ensure that participating companies are implementing the highest level of security measures, thereby lowering their level of risk.
テロ行為防止のための税関産業界提携プログラム(C-TPAT):C-TPATはCSIがスタートする前の、2001年11月から実施されている。C-TPATへの参加は完全に任意であり、その運用は、参加国と国際貿易コミュニティーとの連携という形を取っている。こうした特徴は、C-TPAT独特のものであると言えるだろう。C-TPATに参加する企業は、自社の安全保障対策の素案を提出することになっている。それ以来、CBPは、C-TPATが企業に求めている安全保障対策の水準と、これまで企業に期待されてきた、貿易の特定部門における必要最低限の安全保障対策の水準を比べるようになった。企業は、必要最低限の対策を実施することに加え、C-TPATに参加するために、関係するすべての関税法規を遵守しなければならないという、歴史的にも厳格な基準を満たす必要に迫られている。企業に対する要請が強まったことで、CBPは、C-TPATに参加する企業による最高レベルの安全保障措置の実施を確保し、リスクの発生を防いでいる。

Once a company's security has been validated and it has been granted membership, C-TPAT companies receive the benefit of facing fewer physical, NII, and x-ray inspections allowing the streamlining of sales and transport. In terms of national security, through C-TPAT, CBP is able to validate the security of these participating companies, and therefore shift its focus to other higher-risk cargo. C-TPAT also helps to institute security partnerships within the global trade community, creating shared goals of improving supply-chain security--while maintaining supply-chain efficiency. As of May 2008, there were more than 8,400 companies around the world that were C-TPAT members.[10] C-TPAT membership accounts for 96 percent of cargo traffic within the U.S., allowing CBP to verify the security of the vast majority of maritime cargo that travels throughout the country.[11]
実施している安全保障措置の有効性が評価され、C-TPATへの参加が認められた企業は、NIIやX線を用いた物理的な貨物検査が最小限に抑えられ、販売と輸出の手続きが簡素化される。国の安全保障という観点から述べると、C-TPATにより、CBPは、C-TPAT参加企業の貨物の安全を確認できるからこそ、それ以外の危険性の高い貨物への対応に集中できる。また、C-TPATは、グローバルな貿易コミュニティーにおける安全対策の協力関係を確立し、サプライチェーンにおける流通の効率性を維持しながらも、安全性も高めていくという目標の共有を促す。2008年5月現在、C-TPAT参加企業は8400以上に達している。C-TPAT参加企業が輸送する貨物は、米国内に流通している貨物の96%を占める。米国内を移動している海上貨物の大半は、CBPにより安全性が認められた貨物ということになる。

10 Plus 2.  Additionally, cargo shippers must currently comply with "10 Plus 2"--the Importer Security Filing and Additional Carrier Requirements. "10 Plus 2" calls for importers and ocean carriers to submit 12 points of information to Customs and Border Protection. This information is to be provided 24 hours before U.S.-bound containers are loaded onto a carrier vessel. The "10" refers to the Importer Security Filing (ISF-10), the 10 data points provided by the importers, while the "2" refers to the vessel stow plans and container status messages (CSMs) provided by the carriers. This rule adds security by allowing CBP to better identify high-risk containers through analysis of these 12 additional points of data. At the same time, the measure is of very little hindrance to the maritime cargo industry, as it calls for the reporting of information that is already routinely collected and for no new technology to be purchased and employed.
10+2ルール:さらに、貨物の船荷主は、「輸入者保安申告と貨物輸送業者の追加情報要件」、いわゆる「10+2」ルールを遵守しなければならない。「10+2」ルールの下、輸入者と海上貨物輸送業者は、12項目の貨物情報をCBPに提出しなければならない。情報の提出は、米国向け貨物が貨物船に積み込まれる24時間前に行われる。「10+2」ルールの「10」は、輸入者が申告すべき貨物の保安データ10項目のことであり(ISF-10)、「2」は、貨物輸送業者が提供する貨物船の貨物積み込み計画とコンテナの状況メッセージの2項目(CSMs)である。このルールにより、CBPは12項目のデータを分析することで、危険性の高い貨物をより発見しやすくなる。同時に、このルールは、海上輸送業界の業務の妨げになることは、ほとんどない。情報の申告は定期的だし、新たな技術を購入・採用したりする必要がないためだ。

The 2007 Mandate and SAFE Ports Act.  Despite the success of these risk-based programs, the possibility that terrorists could obtain a nuclear device and place it in a cargo container was and is an idea that has continued to gain speed, and has led to significant policy changes.
9・11委員会の勧告実施法と港湾安全法:以上、説明してきたように、リスクベースの取り組みはうまくいっていたのだが、テロリストが核爆弾を手に入れ、それを貨物専用コンテナに仕掛けるのではないかという恐怖感はますます増大し続けていき、結果的に、劇的な政策転換までもたらすことになった。

Facing growing political pressure, Congress began to move away from the idea of a risk-based approach. The move toward 100 percent scanning began in 2006 with the Security and Accountability for Every (SAFE) Port Act. The SAFE Port Act changed everything with the creation of the Secure Freight Initiative (SFI), a pilot program to test the implementation of 100 percent cargo scanning which would later be mandated by the Implementing Recommendations of the 9/11 Act of 2007. Instead of pre-screening cargo and then scanning and inspecting that deemed to be high-risk, 100 percent cargo scanning calls for the scanning of each and every cargo container that has passed through foreign ports to the United States.
政策転換を求める政治的圧力も高まっていき、議会は、リスクベースのアプローチでは不十分だと考え始めるようになった。2006年には港湾安全法が成立し、貨物の100%検査という考え方を取り始めるようになった。港湾安全法の成立により、これまでのすべての取り組みが、貨物の安全管理強化のためのイニシアチブ(Security Freight Initiative, SFI)というアプローチに変わっていき、貨物の100%検査が可能かどうかを確かめる試験的プログラムを実施。試験的プログラムの結果を踏まえ、9・11委員会の勧告実施法のマンデートとして、貨物の100%検査が盛り込まれることとなった。これまでは、あらかじめ審査され、危険性が高いと見なされた貨物が、精査・検査されるという形を取っていたが、貨物を100%検査するという考え方の場合、外国の港から米国へと輸送される貨物専用コンテナの一個一個を検査するよう要請されることになる。

The Secure Freight Initiative pilot operates at five ports with full implementation at three, Port Qasim, Pakistan; Puerto Cortés, Honduras; and Southampton, United Kingdom, and limited implementation at two, Busan, Korea, and Salah, Oman. The highest volume of U.S. cargo containers handled at any full-implementation port, however, was only 77,707 containers in 2006 at Puerto Cortés, a mere fraction of the volume seen yearly in the U.S. With the Secure Freight Initiative pilot occurring only at such low-volume ports, the true challenges to 100 percent scanning in the high-volume global environment have yet to been seen.
SFIの試験的プログラムは5つの港で行われ、パキスタンのカシム港、ホンジュラスのプエトロ・コルテス港、英国のサウサンプトン港の三つの港では、プログラムを完全に実施。韓国のプサン港、オマーンのサラーラ港の二港では、限定的にプログラムが行われた。プログラムが完全に実施された港の中でも、米国向け貨物専用コンテナを最も多く扱っていたのはプエトロ・コルテス港で、その数は7万7707個だった(2006年)。が、これは、米国に年間送られてくる海上貨物の総数からすると、極めてわずかな数でしかない。SFIの試験的プログラムは、米国向け貨物を、それほど多くは扱っていない港で実施されたのであって、大量の貨物を処理しなければならない環境の中で、貨物の100%検査が本当に可能なのかかどうかは、未だに実証できていない。

While the SFI showed that 100 percent screening could be effective in low volume, "high-risk" ports, such as Qasim, Pakistan, such screening proved to be riddled with numerous logistical issues at higher-volume ports, such as Hong Kong and Singapore.[12] Nevertheless, one year later, in 2007 before final results of the pilot were even assessed, Congress stipulated that 100 percent cargo scanning become fully implemented at all 700 foreign ports handling U.S.-bound cargo within five years.
SFIの試験的プログラムにより、パキスタンのカシム港のような、米国向け貨物をそれほど多く扱っているわけではないが、「危険性の高い」港では、貨物の100%審査は有効であることを証明した。半面、香港やシンガポールなど、米国向け貨物を大量に扱っている港では、貨物の100%審査は、輸送態勢上の問題から、好ましくないということが明らかになっている。にもかかわらず、一年後、つまり、SFIの試験的プログラムの結果に対する最終的な評価が出る前の2007年だが、議会は、米国向け貨物を扱っている外国の700の港すべてで、過去5年間、貨物の100%検査が完全に実施されたと明記してしまったのだ。

The Problem with 100 Percent Scanning.  The 100 percent scanning mandate was met with immediate opposition from the private sector, which faced daunting financial obligations and logistical hurdles. Since 2007, the landscape has remained the same, and limited progress has been made toward the 100 percent screening mandate. Secretary of Homeland Security Janet Napolitano stated in recent testimony before the Senate Commerce Committee that the mandate has proven problematic and that DHS would be unlikely to meet the 2012 deadline. Furthermore, Members of Congress, such as Senators Joe Lieberman (I-CT) and Susan Collins (R-ME), also continue to question the efficacy of this mandate. The reasons for this backlash are many.
貨物の100%検査における問題点:貨物の100%検査を求めるマンデートに対して、企業は即座に反発した。企業にとっては、お金もかかるし、スムーズな物流を妨げることにもなりかねないからだ。2007年になっても状況は変わらず、貨物の100%検査実現に向けた歩みは、遅々として進んでいない。DHSのジェネット・ナポリターノ長官は先日、上院商業委員会で、マンデートを履行するには問題が多く、期限となっている2012年までに、貨物の100%検査の実施を実現させるのは、無理かもしれないと証言した。また、ジョー・リーバーマン(無所属・コネチカット州)とスーザン・コリンズ(共和党・メイン州)の両上院議員も、マンデートの実効性に疑問を投げ掛け続けている。マンデートに反対する理由は、実にたくさんある。

Logistics, Technology, and Infrastructure.  At a fundamental level, the technology necessary to truly scan 100 percent of the maritime cargo entering the United States is not currently available. The problem is one of scale. While the basic technology exists, the expanded technology necessary for performing this function on such a broad scale does not. At the seven ports where the Secure Freight Initiative pilot was implemented, the scanning technology itself repeatedly proved to be problematic.
運搬態勢と技術、インフラの問題:第一に、米国向け海上貨物を100%完全に検査するための技術が、今のところ実用可能な次元に達していない。まず、技術が実用可能な範囲の問題がある、貨物の100%検査を実施するための基本的な技術はあるものの、その技術が広範囲に利用されているわけではない。SFIを試験的に実施している7つの港では、検査のための技術自体に問題があることが、たびたび実証されている。

First, the mere placement of scanners proved a logistical problem as many ports were not built with a natural bottleneck through which all cargo passes. Transshipments only further exacerbated this problem, as cargo that passes through these ports only as an intermediary stop often does not follow the same path as other cargo. Once the technology was installed, it encountered multiple problems, such as incompatibility with previous technologies, frequent outages due to weather, and the fact that many ports do not have sufficient communication infrastructure to transmit electronic data to the NTCC.
そもそも光学読取装置をどこに置くのかという問題がある。貨物が運搬される隘路が港になっているというわけではないのだ。貨物の積み替えが、さらに事を複雑にしている。積み替えのための中継地にあった貨物が、他の貨物とは別の輸送路を通過するということもしばしばあるのだ。技術を導入したとしても、多くの問題に見舞われることになる。既存の技術との非互換性の問題や、天候により停電することもある。また、NTCCに電子データを送るためのコミュニケーション・インフラを整えている港も少ないという実態も看過できない。

Cost was also a major problem inherent in the mandate. A single x-ray scanner, the most common technology used for cargo screening, has a price tag of $4.5 million, plus an estimated annual operating cost of $200,000, not to mention the cost of the personnel required to run the equipment and examine the results at roughly $600,000 per year.[13]
費用の問題も、マンデートを履行する上での大きな障害だ。貨物検査に必須の技術であるX線スキャナーを設置するだけでも、450万ドルの費用がかかる。さらに、年の運用コストに20万ドル必要となる。技術を運用する上で必要な人件費は含まれていないが、人件費も含めてざっと見積もると、運用コストは、一年で60万ドルほどになると見ておいていいだろう。

No Additional Security.  High-risk cargo is designated as such based on such factors as questionable or suspicious information on ship manifests--including in large part whether the cargo originated from a reliable partner country which is far less likely to smuggle hazardous material into the U.S. This does not mean that terrorists would not find a way around this risk-based approach--but if continually calibrated to represent an accurate picture of risks facing the nation--this approach could be quite successful.
追加の保安措置はない:ほとんどの場合、積荷目録から読み取れる懸念情報に基づいて、危険性の高い貨物が指定される。懸念情報とは、例えば、貨物が米国に危険物を持ち込むことのない、信頼できる国から輸送されているかどうかなどだ。テロリストが、こうしたリスクベースの取り組みの裏をかくということもあり得なくはない。が、米国が直面しているリスクを正確に把握した場合、現行のアプローチでうまくいくと言えるのである。

The current mandate, however, confuses the public into thinking that 100 percent scanning will equal 100 percent security. The reality is that no scanning system will ever be perfect. And for all the attempts to predict what terrorists might do next, the fact is that they are creative and their plans are continually evolving. It simply is not feasible to child-proof the maritime domain.
ところが、マンデートの要請は、100%の検査こそ100%の安全確保につながるという誤解を与えかねないものになっている。完璧な検査システムなど、あり得ないというのが現実である。テロリストは次に何をしてくるのかと予測ばかりしているせいか、想像ばかりが膨らみ、常に進化したアプローチを求めようとする。まるで子どもを危険から守るかのような海上輸送における安全確保策は、率直に言って、現実的ではない。

In fact, it is much more likely that a false sense of security will be created, based on the idea that 100 percent scanning can catch all threats. Error is bound to happen, especially when the amount of data analysts at the NTCC are given to examine is exponentially increased. Making policy on the idea of perfection is destined to fail and could well place the country in the same position it was on September 11, 2001. The U.S. needs to be flexible enough to respond to threats while not creating a stovepipe mentality around pre-determined threat scenarios.
実際、脅威の存在すべてを見極めることができるのが、100%の貨物検査だとする「誤った安全保障意識」が醸成されているように思える。特にNTCCの分析官に寄せられるデータは急増しており、過ちを起こしかねない状況だ。完璧を前提とした政策は失敗するのが常だ。米国は、9・11米国同時多発テロが起きた当時と同じ立ち位置にいるということになってしまう。演繹的に脅威のシナリオを描き、ストーブの煙突のような心理に陥るのではなく、米国は柔軟に対する必要がある。

Clogs the Supply Chain.  The supply chain and global economy rely on the ability to move goods to where they are needed quickly and efficiently. The RAND Corporation has estimated that the 100 percent scanning mandate would cause, on average, a five-and-a-half hour delay per container;[14] and the World Customs Organization (WCO) estimates that the economic effects on the United States would be around $500 billion in total profit loss.[15] The worst scenario is that this mandate could lead to "buy European" behavior in which companies simply stop shipping goods to America and instead do business with countries that have more expedited supply chains.
サプライチェーンに対する障害:サプライチェーンとグローバル経済の拠り所は、必要な場所に素早く、かつ効率よく物を送り届ける能力にある。ランド研究所によると、貨物の100%検査を求めるマンデートを履行した場合、一つのコンテナの運搬につき、平均で5~15時間の遅れが出るという。また、世界関税機関(WCO)は、マンデートの履行が、米国に総額で5000億ドルの損失をもたらすことになると見積もっている。最悪のシナリオは、マンデートの履行で米国への海上輸送がストップしてしまうことで、企業が米国ではなく他国でビジネスチャンスを追求し始め、「ヨーロッパ製品を買え」といったような行動心理につながりかねないことだ。

Damaged Relationships with U.S. Allies.  At a basic level, the 100 percent cargo scanning measure gives American allies the impression that the U.S. cannot trust them to adequately perform security screening and that they are not a true partner in global commerce. Perhaps more alarming, however, is that not allowing goods into America unless they have been scanned has caused America's allies to view this measure as protectionist and a barrier to trade. Previously, the United States had encouraged its friends abroad to adopt voluntary security practices based on risk; so this mandate is seen as an about-face on policy--to the great frustration of U.S. allies. The worldwide, commonly accepted practice is to adopt a risk-based method of cargo screening--standards recommended by the WCO. The WCO's Framework of Standards to Secure and Facilitate Global Trade describes best practices for cargo security and many nations have adopted these recommendations. However, the U.S. has reversed course with this new mandate, hindering progress to adoption of the WCO standards by all partners.
同盟国との関係が悪くなることへの懸念:100%の貨物検査を実施するということは、米国が、同盟国により実施されている貨物の安全を確保するための貨物審査を信頼しておらず、結局のところ、同盟国をグローバル経済の真のパートナーとして認めていないという印象を、同盟国に持たせてしまいかねない。警告を兼ねてさらに言うなら、検査が終わるまで貨物を入れないということになれば、米国は貿易障壁を高くし、保護主義に走っていると見られてしまう。そもそも米国は、同盟国に対し、リスクを回避するための自発的な措置を実施するよう求めてきた。が、100%の貨物検査を求めるマンデートは、米国が180度方針転換をしたのではないかと思われ、同盟国に大きな不満を持たせることになるだろう。世界的に受け入れられてきたのは、WCOが進める基準に基づく、リスクベースの貨物審査である。WCOの「国際貿易の安全確保及び円滑化のための基準枠組み」は貨物の安全を確保するためのベスト・プラクティスを明記しており、多くの国がこの基準を採用している。しかし、米国は、新たなマンデートを持ち出し、従来のやり方をひっくり返そうとしている。結果として、すべての同盟国によるWCOの基準受け入れの実現に向けた進展を、妨げてしまうことにはならないか。

U.S. security cannot come at the cost of economic prosperity; the two must instead be intertwined. U.S. trade and security relationships with our allies must recognize that we must treat our allies as partners in order to create willingness among them to work towards international cargo security and ensure that such measures do not have negative effects on trade and the economy.
米国の安全は、経済的な繁栄を犠牲にして確保できるものではない。安全保障と経済発展は、密接に結び付いているのである。同盟国は、国際的な貨物の安全保障のために協力してくれるパートナーであり、かつ、そのための具体的な措置は、貿易と経済にマイナスの効果を与えるものであってはならないということを、米国は認識すべきである。

A New Way Forward for Cargo Security
貨物の安全保障に向けた新たな道

Instead of focusing on this highly unworkable mandate, Congress and DHS should re-examine the mandate, looking for a workable alternative that achieves security goals without disrupting the supply chain. A new approach should include the following elements:
100%の貨物検査という極めて非現実的なマンデートにこだわるのではなく、議会とDHSはマンデートを見直し、サプライチェーンを妨げない方法で、安全保障上の目的を果たすことができる現実的な代替策を探るべきだ。新しいアプローチには、以下の要素が含まれるべきである。

Rethink the 100 Percent Cargo Scanning Mandate.  Congress and DHS need to take a realistic look at the efficacy of the 100 percent cargo scanning mandate. A first step might be to commission a Government Accountability Office study over the next year on whether this mandate is the best means by which to ensure the safety of cargo entering the United States.
100%の貨物検査を求めるマンデートの見直し:議会とDHSは、100%の貨物検査を求めるマンデートの有効性を、現実的な視点で見直すべきだ。まずは、このマンデートが米国向けの貨物の安全を確保するための最善策なのかどうか、来年、会計検査院に調査を依頼してはどうか。

Further Develop the Container Security Initiative.  The Container Security Initiative is an integral piece of an effective cargo security strategy because it takes into account supply-chain and infrastructure realities. CSI is risk-based, meaning that resources are dedicated to the cargo that is most likely to be a real threat to Americans, as determined by manifest analysis, instead of spreading scarce resources across the entire maritime cargo domain. DHS should strengthen this program and ensure its continuance, placing it at the forefront of cargo security strategy--expanding to additional ports and clearly communicating expectations to the maritime shipping industry.
CSIのさらなる拡充:CSIは、サプライチェーンとインフラの現状を考慮に入れた、効果的な貨物の安全対策として不可欠なものだ。CSIは、積荷情報を分析した結果、米国にとって本当に危険であると見なされた貨物を対象としているという意味で、リスクベースのアプローチであり、どれが危険なのか分からないが、海上貨物の全体を闇雲に扱うというやり方とは違う。DHSはCSIを引き続き継続していくとともに、その取り組みを強化し、CSIを実施する港や海上輸送産業を増やしていくことで、貨物の安全確保戦略の中心に位置付けていくべきだ。

Enhance C-TPAT.  This initiative identifies companies that employ best practices in their security measures. By taking the focus off companies that are already taking the right kinds of security measures, the U.S. can devote precious resources to tackling those that do not. C-TPAT puts the private sector in the driving seat. In order to strengthen the program, DHS should continue to increase validation of required security measures among participating partners to ensure that they are taking the right steps towards the security of the maritime cargo.
C-TPATの強化:C-TPATは、貨物の安全確保に向けたベスト・プラクティスを採用している企業を認定する取り組みだ。貨物の安全をきちんと確保している企業を識別することで、米国は、そうではない企業に集中的に対策を講じることができる。また、C-TPATは、企業の取り組みを重視している。DHSは、海上貨物の安全確保に向けた適切な措置の実施を確保するためにも、C-TPAT参加国に求められる安全対策の認証を増やしていくべきだ。

Expand the Proliferation Security Initiative.  This voluntary multilateral effort of some 90 countries protects U.S. sovereignty while implementing proper interdiction efforts around the globe. The U.S. should encourage other countries to join in this effort and expand PSI while preserving the unique sovereignty-based attributes of the program in which participating nations are able to meet levels of security through their own existing policies rather than internationally proscribed measures. PSI helps to prevent a suitcase-nuke scenario by ensuring that multiple nations, from all points in the supply chain, are seeking to prevent it from ever getting in the wrong hands.
PSIの拡大:PSIは90カ国ほどが参加する多国間の枠組みで行われている自発的な取り組みで、米国の主権を侵害することなく、世界中で大量破壊兵器の拡散を阻止する活動を展開している。国際的に禁止されている手段に走ることなく、既存の対策を実施することで安全を確保するという主権ベースのアプローチであるPSIを拡大していくためにも、米国はPSI非参加国に参加を働き掛けていくべきだ。PSIが拡大されれば、大量破壊兵器が悪の手に渡らぬよう、サプライチェーンのほとんどのポイントで各国が安全対策を実施することになり、「スーツケースの中には核がある」というシナリオを防ぐことができるだろう。

Keep 10 Plus 2.  10 Plus 2 is a flexible alternative to 100 percent scanning because it simply requires the private sector to submit importer, vessel, and container information to Customs and Border Protection for review before the vessel arrives in the United States. While any regulatory scheme does impose some burden, especially on smaller private-sector participants, 10 Plus 2 allows the CBP to focus screening efforts by making more informed choices about what cargo deserves further inspection. DHS, for its part, should move forward with implementing a 10 Plus 2 final rule and continue to work with the private sector to ensure that 10 Plus 2 remains responsive and able to adapt to private sector realities and the evolving risk to the cargo domain.
10+2ルールの維持:10+2ルールは100%の貨物検査に替わる柔軟な代替策といえる。このルールの要請はシンプルで、企業は、貨物が米国に輸送される前に、CBPに輸入業者と貨物を運ぶ船、コンテナの内容についてなどの情報を提供するというものにすぎない。輸出規制スキームは、特に中小企業にとって、負担を課すことになるのが常だが、10+2ルールの場合は、貨物検査が必要かどうかの判断材料となる情報を提供できるよう、企業が貨物審査を行っているかどうかCBPに確認できるようにするというものである。DHSは、10+2ルールの最終規則の実施に向けて前向きに取り組み、企業と協力しながら、貨物の安全を脅かすリスクに企業が対応できるよう、10+2ルールの履行を確保していくべきである。

Rely on the Framework of Standards to Secure and Facilitate Global Trade.  This framework recognizes that many of our allies already have proper security measures in place at their ports. By giving acknowledgment to these trusted ports, the framework promotes both security and international partnerships. The U.S. should return to its past as a leader in risk-based cargo practices. U.S. programs such as C-TPAT and CSI can be great examples of the success of these types of programs. The Framework recognizes that the global supply chain needs to work on security concerns and remains useful as a neutral, non-U.S.-led means of proliferating proper cargo practices.
「国際貿易の安全確保及び円滑化のための基準枠組み」に準拠し、グローバルな貿易を促進:この基準枠組みは、同盟国のほとんどが自国の港で、適切な安全保障策をすでに実施しているということを確認させるものである。信頼できる港がどこであるか確認できることで、国際的な協力関係と安全保障の双方を促進させることができる。米国は、リスクベースの貨物の安全保障策を進める上で、主導的な役割を果たしていた過去に立ち返るべきだ。C-TPATやCSIは、米国が進めてきた貨物の安全保障策の誇るべき成功例であったはずだ。基準枠組に準拠することで、グローバルなサプライチェーンは、安全保障上の懸念と切り離せない関係であることが確認できる。また、基準枠組みへの準拠は、適切な貨物の安全対策を広めていく上での、米国主導型ではない、中立的な手段としても有用だ。

Recognize That Staying Informed Is a Work in Progress.  As the principal oversight authority over DHS, Congress needs to continually educate itself about the security risks facing the nation. The mentality that the U.S. should create massive, economy-killing legislation to address each and every potential threat just simply is a poor approach to homeland security. Assessing "risk" requires a measure of "threat and the intent, capabilities, resources, and activities of possible threat actors" as well as "our vulnerability to the threat" and the "consequences if that threat materializes."[16] Congress should ensure that sound risk-management principles are interwoven into any homeland security legislation.
DHSを監視する機関では議会は、米国が直面する安全保障上の脅威について、引き続きよく学ぶべきである。すべての潜在的脅威に対応できる大袈裟な構想を実現するため、経済殺しの立法をすべきだとする米国の心理は、本土防衛のためとはいえ、稚拙なアプローチであるといわざるを得ない。「リスク」の評価には、「脅威や意図、蓋然性、資源、そして脅威を生み出すアクターの活動」などの評価が求められると同時に、「脅威への脆弱性」や「脅威が具体化した場合の帰結」も判断する必要がある。議会は、本土防衛のための立法と密接に関連した、リスク管理のための適切な原則を確立しなければならない。

Getting cargo security right is so important because getting it wrong would jeopardize the very framework that supports the global economy. Real security means choosing policies that not only keep Americans safe, but also keep them free and prosperous. The 100 percent scanning mandate does none of these well.
貨物の安全を確保するための舵を、うまく取ることが重要だ。もし舵を取り違えれば、グローバル経済を支える枠組みを破綻させかねないからだ。真の安全保障とは、米国の安全だけ確保できればいいというものではなく、自由と繁栄も同時に維持していける政策を選択することを意味する。100%の貨物検査は、安全、自由、そして繁栄のいずれも、維持することができないだろう。(了)

Jena Baker McNeill is Policy Analyst for Homeland Security in the Douglas and Sarah Allison Center for Foreign Policy Studies, a division of the Kathryn and Shelby Cullom Davis Institute for International Studies, at The Heritage Foundation. Jessica Zuckerman is a Research Assistant in the Allison Center. The authors would like to thank intern Kathleen Someah for her assistance.

[1]Susan E. Martonosi, David S. Ortiz and Henry H. Willis, "Evaluating the Viability of 100 Per Cent Container Inspection at America's Ports," The RAND Corporation, 2005, at http://www.rand.org/pubs/reprints/RP1220/ (December 21, 2009).
[2]U.S. Customs and Border Protection, "Fact Sheet: When was the Container Initiative Developed and Why?" U.S. Department of Homeland Security, October 2, 2007, at http://www.cbp.gov/linkhandler/cgov/trade/cargo_security/csi/csi_fact_sheet.ctt/csi_fact_sheet.doc (December 21, 2009).
[3]U.S. Department of Transportation, Research and Innovative Technology Administration, Bureau of Transportation Statistics, "Maritime Trade and Transportation 2007," 2008, at http://www.bts.gov/publications/maritime_trade_and_transportation/2007/pdf/entire.pdf (November 20, 2009), and U.S. Department of Transportation, Maritime Administration, Ports, at http://www.marad.dot.gov/ports_landing_page/ports_landing_page.htm (November 20, 2009).
[4]John F. Frittelli, "Maritime Security: Overview of the Issues," Congressional Research Service Report for Congress RS20179, December 5, 2003.
[5]John F. Frittelli, "Port and Maritime Security: Background and Issues for Congress," Congressional Research Service Report to Congress RL31733, May 27, 2005.
[6]U.S. Customs and Border Protection, "How Cargo Flows Safely to the U.S.," U.S. Department of Homeland Security, September 28, 2007, at http://www.cbp.gov/linkhandler/cgov/trade/cargo_security/cargo_control/cargo_flow_map.ctt/cargo_flow_map.pdf (December 21, 2009).
[7]Martonosi, Ortiz, and Willis, "Evaluating the Viability of 100 Per Cent Container Inspection at America's Ports," p. 226.
[8]U.S. Government Accountability Office, "Supply Chain Security: Challenges to Scanning 100 Percent of U.S.-Bound Cargo Containers," GAO 08-533T, June 12, 2008, at http://www.gao.gov/new.items/d08533t.pdf (December 21, 2009).
[9]Ibid.
[10]Ibid.
[11]U.S. Department of Homeland Security, Customs and Border Protection, "Securing the Global Supply Chain: Customs-Trade Partnership Against Terrorism (C-TPAT) Strategic Plan," November 2004, at http://www.cbp.gov/linkhandler/cgov/trade/cargo_security/ctpat/what_ctpat/ctpat_strategicplan.ctt/ctpat_strategicplan.pdf (December 23, 2009).
[12]James Jay Carafano, "Scanning for Common Sense: Congressional Container Security Mandate Questioned," Heritage Foundation WebMemo No. 1955, June 13, 2008, at http://www.heritage.org/Research/HomelandSecurity/wm1955.cfm.
[13]Martonosi, Ortiz, Willis, "Evaluating the Viability of 100 Per Cent Container Inspection at America's Ports," p. 226.
[14]Christopher Battle, "Security Theater: Absurdist Drama on Capitol Hill," National Review Online, July 27, 2007, at http://article.nationalreview.com/?q=OTA0NWI2YWQzZTk1NjViOTkxMDk1ZjhiZTdjZTgxNmI (December 23, 2009).
[15]Frédéric Carluer, "Global Logistic Chain Security: Economic Impacts of the US 100% Container Scanning Law," University of Le Havre study commissioned by the World Customs Organization (WCO), June 2008, at http://www.wcoomd.org/files/2.%20Event%20files/PDFs/Scanning/Study%20Summary%20EN.pdf (December 23, 2009).
[16]The Honorable Janet Napolitano, Secretary, United States Department of Homeland Security, Testimony on "Transportation Security Challenges Post 9-11" before the United States Senate Committee on Commerce, Science and Transportation" December 2, 2009.

2010年1月6日水曜日

非核攻撃ミサイル(Conventional Strike Missile, CSM)について

所用で忙しかったため、久しぶりの更新となります。

今回は、昨年、軍事評論家の岡部いさくさんが取り上げて以来、
話題になった非核攻撃ミサイル(CSM)について、触れてみようと思います。

オバマ米大統領が「核兵器のない世界」を目指すとした演説は、
「核兵器ゼロ」という理想の追求を強調する一方で、
「当面の核抑止力を維持する必要性」にも言及しているという、
クリントン政権の「核態勢見直し(NPR)」で示された
"Lead but Hedge policy(核軍縮をリードするが核抑止もする)"
という考え方を、基本的には踏襲したものであることを
以前に、このブログで解説しました。

オバマ政権も、核抑止力の重要性をよくよく認識していることから、
自国ないし同盟国の安全を守ることが、まずは重要であると
考えているのであって、この点が基本的な考え方である以上、
安全保障政策については、米国の従来の政権と、
それほど大きくは変わらないでしょう。
従って、「核兵器のない世界」を実現するとはいっても、
その先には、核兵器に代わる抑止用新兵器の登場があって
しかるべきだろうと考えるのが自然なのかもしれません。

オバマ米大統領が言う「核兵器ゼロ」に
以上のような印象を、わりと多くの人が持っているからなのでしょうか?
岡部いさくさんがCSMを取り上げたときは、
「それみたことか!」的な反応をする人も、結構いたように思います。
それ故、CSMが「空から鉄の雨が降ってくる!」みたいに表現されたりと、
米国は、核兵器に代わるとんでもない新兵器をつくろうとしている
というセンセーショナルなイメージだけが先行し、
結果的に、若干の誤解が散見されます。

例えば、たまに目にする、
CSMは、オバマ政権が核兵器に代わる「新兵器」として、
積極的に開発を進めようとしているのものなのでは?
というイメージについて。

CSMが、純粋な「新兵器」なのかというと、
本当にそういえるのかどうか、ちょっと微妙かなという印象です。

なぜかというと、CSMのコンセプトは極めてシンプルで、
核弾頭の運搬手段として存在している既存の
大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの
長距離弾道ミサイルに、核弾頭ではなく、通常弾頭を搭載して、
飛ばすことができるようにしようじゃないかというものにすぎないからです。
ですので、CSMの研究開発は、もっぱら、ミサイルの弾頭搭載部分となる
再突入体の改良に特化されているという感じです。

また、周知の通り、オバマ政権になって初めて、
CSMの研究開発に着手したというわけではなく、
CSMは、ブッシュ政権の2001年のNPRで示された
核の新三本柱の考え方が背景にあり、
研究開発の加速化が期待されるようになっています。
ブッシュ政権が示した核の新三本柱では、
ICBM、SLBM、戦略爆撃機という
従来の核の三本柱に、非核兵器(通常兵器)も加えられ、
核兵器と通常兵器の双方を合わせた、統合的な抑止機能が
期待されていたわけですが、
同時に、ブッシュ政権は、核兵器を小型化し、威力を限定化することで、
核兵器を攻撃兵器としても運用することを視野に入れており、
通常兵器に、そうした核兵器と同様の攻撃的運用を期待した場合、
長距離弾道ミサイルに通常弾頭を搭載するという考え方が、
一番しっくりときたということのようです。

この核の新三本柱の考え方が示された当時、
米国防省側は国防省側で、
「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(Prompt Global Strike,PGS)」
構想を具体化させていたので、
PGSにとっても、CSMが最適であると評価されてもいました。

一方で、米国のCSM開発は、オバマ政権の核兵器政策の"Lead"の部分である
核軍縮の進展の障害となっていることもまた、事実のようです。

例えば、米国の軍縮・軍備管理を専門とするシンクタンク、
アームズコントロール・アソシエーションが発行している
アームズ・コントロール・トゥデイ誌に掲載されていた記事
http://www.armscontrol.org/act/2009_04/START
の記述を以下で引用します。

Additionally, Lavrov laid out several positions that Moscow considers crucial to disarmament generally and that may impact the negotiations for the START successor.
A "sustainable and consistent disarmament process," Lavrov asserted, requires that states do not deploy "strategic offensive weapons equipped with conventional warheads."
The Bush administration actively pursued such a capability, which it referred to as Prompt Global Strike, and requested $117 million in fiscal year 2009 to research land-based and submarine-based long-range conventional missiles. Congress approved $124 million for the program.
また、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ロシア政府が軍縮全般にとって極めて重要であると見なしている考え方や、戦略兵器削減条約(START)に代わる新条約交渉に大きな影響を与えることになるかもしれない見解について説明した。ラブロフ外相は「持続可能で、かつ、一貫した軍縮プロセスに必要なのは、米ロが通常弾頭を搭載した戦略攻撃兵器を配備しないことだ」と強調する。確かに、ブッシュ政権は「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(PGS)」という考え方の下、通常攻撃兵器の研究開発を積極的に進めようとしてきた。大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの長距離弾道ミサイルに通常弾頭を搭載できるようにするための研究開発費として、1億1700万ドルを2009年度予算に盛り込むよう要求されていたが、実際に議会が承認した額は1億2400万ドルだった。
(引用終わり)

STARTに代わる新条約についての合意が、
昨年内中にはまとまらなかったことの理由の一つに、
米国のCSMの研究開発があることは間違いなく、
CSMの研究開発に対するロシア側の懸念の払拭が、
米ロの核軍縮の進展に欠かせない要素の一つとなっているようです。
実際に、以下のような報道もあります。

非核ミサイルも制限へ 米露の新核軍縮条約で露外相
2009.12.22 18:28

 
ロシアのラブロフ外相は22日、訪問中のウズベキスタンの大学で講演し、米国との間で交渉中の第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新核軍縮条約には、核弾頭を搭載しない戦略攻撃兵器の制限についても何らかの形で盛り込まれると述べた。インタファクス通信が伝えた。
 外相は、新条約では「核弾頭搭載と通常弾頭搭載の戦略攻撃兵器の相互関係が規定される」と述べ、核弾頭は搭載しないが命中精度の高い米国の巡航ミサイルなどにも一定の制限が加えられるとの見方を示した。
 外相は、新条約締結交渉は「ほとんど終わった」と強調。前例のないほど大幅な戦略核の削減を実現し、検証措置で米露が対等の権利を持つものになると述べた。(共同)


共同の記事では、ラブロフ外相の「」内の発言から外れたところで、
記者が主観で勝手に変な解説を付けていますが、
共同の記事にあるような巡航ミサイル云々というよりも、
むしろ、PGSの考え方の下、即時対応性をさらに追求した
PGS兵器としての非核兵器の方が問題になっているはずです。
ですので、アームズ・コントロール・トゥデイ誌の記事にあるように、
米国のCSMの研究開発を牽制し、
非核ミサイルの制限についての規定を
STARTに代わる新条約に盛り込みたいと
ラブロフ外相は言っているのでしょう。

米国内でも、核軍縮を進めたくとも、CSMの研究開発が、
他の核兵器国を不安にさせるのではとの世論があるようです。

2008年5月16日に出された米国議会調査局(CRS)の報告書では、
http://fpc.state.gov/documents/organization/107248.pdf
CSMの研究開発がロシアや中国などの誤解を誘うのではと
懸念する議員が多いことが指摘されています。
従って、CSMの研究開発費という
個別に特化された予算計上の要求に対しては、
議会は一貫してこれを拒否しており、
代わりに、PGS全体としての研究開発費として、
予算を計上するという形を取っていることから、
CSMの研究開発に対する議会の微妙な対応が見て取れます。
また、PGSの予算額に関しては、特に2008年度予算になりますが、
CSMの研究開発に予算を割り当てようにも、
計上予算の額が「足りない」と、
ブッシュ政権が不満を漏らしていたとの記述もあります。

半面、CSMの研究開発は進展してはいて、
上の米国議会調査局の報告書によると、
2009年度予算では、通常弾頭を搭載する
極超音速飛行体の研究開発が進んでいることにも配慮し、
要求額から3000万ドル上乗せした1億4700万ドルが計上されたようです。
(先のアームズ・コントロール・トゥデイ誌の記事では
 1億2400万ドルとなっていましたが)

CSMの研究開発の進捗状況については、
米空軍協会が発行しているAirforce Magazineの記事が
わりと詳しいかな?という感じです。
以下で紹介します。


Moving Forward on Conventional Strike Missile
非核攻撃ミサイルの進捗状況

7/6/2009

http://www.airforce-magazine.com/DRArchive/Pages/2009/July%202009/July%2006%202009/MovingForwardonConventionalStrikeMissile.aspx

Moving Forward on Conventional Strike Missile: The Air Force issued a notice last month saying it intends to task Lockheed Martin with developing a “payload delivery vehicle” for its conventional strike missile concept. The PDV would essentially be the shroud that protects the CSM’s weapons payload while the missile is en route at hypersonic speeds to the target.
米空軍が6月に出した通達によると、非核攻撃ミサイル(Conventional Strike Missile, CSM)用の「弾頭運搬体(payload delivery vehicle, PDV)」の開発を、ロッキード・マーティン社に任せる意向であるという。PDVは、標的に向かって極超音速で飛ぶCSMの弾頭を保護するためのシュラウドとなる。

The service said it wants the PDV to be ready for a 2012 flight demonstration. The notional CSM is a modified Minuteman III ICBM that carries a conventional weapons payload instead of a nuclear warhead. CSM is a leading contender to be the prompt global strike weapon that US Strategic Command wants at its disposal by 2015 to deal with extremely time-sensitive targets around the globe when there are little or no other military options.
米空軍は2012年に実施される飛行実証試験までに、PDVの開発を間に合わせたいとしている。CSMは便宜上の呼称であり、実際には大陸間弾道ミサイルのミニットマンIIIを、核弾頭ではなく通常弾頭の搭載を可能にし、運搬できるように改良したものである。米戦略軍が2015年までに運用できるようにしたいと考えている「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(Prompt Global Strike, PGS)兵器」は、PGS兵器を使用する以外の軍事的選択肢が他になく、かつ、一刻を争うような厳しい時間的制約のある状況で、標的の攻撃を可能にすることを目指しているものだが、CSMはPGS兵器の最有力候補であるといえる。

The Air Force has talked about basing CSMs at Vandenberg AFB, Calif. The Air Force’s notice states that the PDV would be based on Lockheed’s design for the hypersonic test vehicle-2 that the company is building for DARPA under the Falcon hypersonic research program, but “modified to accommodate a weapon.” DARPA plans to fly the first of two HTV-2 units before the end of the year over the Pacific Ocean; the second flight test will occur in 2010. Those flight tests are meant to validate that these unpowered air vehicles can withstand the rigors of high Mach speeds and execute some controlled lateral maneuvering.
米空軍は、CSMをカリフォルニアのバンデンバーグ空軍基地に配備すると語っている。米空軍の通達によると、CSM用のPDVはロッキード社が開発した極超音速実験機2(hypersonic test vehicle-2, HTV-2)の設計がベースになるという。HTV-2は、ロッキード社が米国防高等研究計画局(DARPA)により進められている極超音速飛行体研究計画(ファルコン計画)に従い、開発したものだが、米空軍の通達によると、「兵器としても使えるように改良された」という。DARPAは昨年末に、HTV-2二機の飛行実験を行う計画だ。今年も二回目の飛行実験が実施される予定である。飛行実験により、HTV-2のような非動力飛行体が超音速のスピードに耐えられかどうか実証するとともに、横操縦の能力がどの程度かについても確認する。(了)

オバマの言う「核兵器ゼロ」が将来的に実現したとしても、
次に待っているのは、通常兵器による抑止という考え方を基にして、
各国のミリタリー・バランスを調整していく世界であるのかもしれません。

核兵器に比べ、通常兵器はより「使いやすい」という点に注目すれば、
核の抑止力により世界の秩序が保たれていた時代よりも、
ひょっとしたら、もっと危うい時代が到来することになるかもしれません。

2009年8月14日金曜日

核兵器国・非核兵器国協働型の核兵器解体作業:英国とノルウェーの取り組み

「核兵器ゼロ」という終着点に言明した
オバマ米大統領のプラハ演説を受け、
日本も、中曽根弘文外相が
「ゼロへの条件―世界的核軍縮のための『11の指標』」
を発表しています。

中曽根外相の「11の指標」の中でも特にユニークなのは
5番目の指標で、曰く…

「核兵器解体についての将来の検証に関する研究である。
核弾頭解体を検証しつつ、機微な情報が漏洩、流出しないように、
これを厳格に保護する必要がある。
科学技術外交を重視する我が国としては、
英国やノルウェーのイニシアティブに協力する用意がある。」

…という部分です。

核軍縮の進展を評価するには、
核兵器の解体作業が進んでいるかどうかを
見るのが一番分かりやすいと言えますが、
従来、この核兵器解体作業の検証過程に
非核兵器国が関与するということはありませんでした。
核機密漏洩の懸念が、その主な理由ですが、
結果的に、核軍縮は、あくまで「核兵器国のやる気のみ」に
その進展具合が左右されることになっている
と言っても過言ではないでしょう。
つまり、やや乱暴な言い方をしてしまえば、結局のところ、
非核兵器国は核軍縮の蚊帳の外に置かれている
…というのが現実であるのかもしれません。

では、多くの非核兵器国の念願である核軍縮を具体的に検証する過程に、
非核兵器国自身も参加するということが将来的にあり得るのか?

英国とノルウェーが核兵器解体作業を
核兵器国と非核兵器国の協働で行うための実験を行っています。
面白いのは、非核兵器国が核機密についての扱いの理解を深めることで
核兵器国との核解体作業における協力を可能にさせる
との観点に立った実験であるという点です。
この英国とノルウェーの取り組みについて、英国のBBCが独占取材し、
詳細に報じていましたので、以下、取り上げてみます。

How to dismantle a nuclear bomb
どのように核兵器の解体を進めていけばよいのか

Story from BBC NEWS:
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/8154029.stm
Published: 2009/07/16 21:04:39 GMT
© BBC MMIX

How do you dismantle a nuclear bomb? And how do you verify another country is genuinely disarming without compromising sensitive national security material?
BBC security correspondent Gordon Corera was given exclusive access to a unique exercise run by the UK and Norway to find out.
核兵器をどうやって解体すればよいのか?また、公にはできない安全保障上の情報を開示せずとも、ある国が本当に核の武装解除をしたかどうか検証するには、どうしたらよいのか?
BBCの安全保障担当記者、ゴードン・コレラ氏が、英国とノルウェーにより実施されている独自の取り組みを独占取材した。


The nuclear weapon is carefully lifted out of a large container and moved onto the floor.
核兵器が巨大なコンテナから慎重に運び出され、作業所に持ち込まれた。

Two engineers use an electric screwdriver to open up a side compartment and remove the "physics package" containing the sensitive parts of the bomb.
二人の技術者が電動ドライバーを使って核兵器の側面部を開き、爆弾用の部品を含む「物理パッケージ」を慎重に取り出した。

A scientist with a radiation detector beckons me forward as he points his machine towards the box.
放射線検出器を手にした科学者が、取り出した「物理パッケージ」の側に来るよう、私を手招きした。

It begins to emit an accelerating beeping noise. "The measurement is approximately a hundred times normal background radiation," he tells me.
放射線検出器から警告音が鳴り始め、徐々に大きくなっていく。「測定値は、通常の背景放射線の約百倍の量だ」と、その科学者は説明してくれた。

"But it is not dangerous, I promise," he adds with a smile.
「だが、危険ではない。約束しよう」と彼は、笑顔で付け加えた。

The lack of danger is because the bomb is not real. To inject an element of realism into this experiment, a weak radioactive material - Cobalt 60 - is used.
それもそのはずだ。爆弾は本物ではないのだから、危険なわけがない。ただ、実験を本物に近付けるため、微弱な放射性物質であるコバルト60が使われている。

The dismantlement experiment is a joint exercise between the UK and Norway - the first of its kind - and was held a few miles from Oslo.
この核兵器解体実験は、英国とノルウェーの共同事業で実施された。この種の実験が行われたのは初めてことだ。実験はオスロから数マイル離れた場所で実施された。

The five-day exercise has been keenly anticipated internationally as a way of building trust between nuclear weapons states and non-nuclear weapons states.
この5日間に及ぶ実験は、核兵器国と非核兵器国との間の信頼を醸成するものとして、国際的にも高い期待が寄せられている。

It is designed to see if one country can verify the disarmament of another country's nuclear weapon, but without any sensitive information about national security and weapon design being compromised.
実験は、ある国が核兵器を解体したかどうかを、安全保障上、公にはできない情報や、核兵器の設計情報を開示せずとも、検証できるのか確かめるという意図で行われたものだ。

In a role reversal, the Norwegians play a nuclear weapons state (called Torland) and the UK team play inspectors from Luvania, a non-nuclear weapons state.
実験では、英国とノルウェーの立場が逆転している。ノルウェーは「トーランド」と呼ばれる核兵器国の役割を演じ、一方、英国は「ルバニア」と呼ばれる非核兵器国の査察団の役割を演じている。

REDUCING WEAPONS
There is currently a new push for global nuclear disarmament. Russia and the US announced in Moscow in early July that they would reduce their stockpiles and the UK has said it might be willing to reduce further its nuclear deterrent as part of any global disarmament talks. The non-nuclear weapons states have been pressing for more active disarmament and if there were further moves then allowing non-nuclear states to verify the disarmament would help increase confidence between the two sides.
核兵器の削減
現在、グローバルな核軍縮の推進を目指す、新しい動きが見られる。米国とロシアは、6月の初頭、モスクワで核兵器の備蓄量を削減することを約束。英国も、グローバルな核軍縮協議の場で、核抑止力の更なる縮小を目指す意向を示している。非核兵器国は、より積極的な核軍縮を求めており、非核兵器国による核軍縮過程の検証を可能にするような、新しい動向が生まれるのであれば、核兵器国と非核兵器国との間の信頼を、更に深めることができるのではないかと期待される。


The 10 inspectors from UK/Luvania remain in character as soon as they enter the gates of the nuclear facility. During meal breaks they are kept separate from both the Norwegian/Torland team and the joint planning group.
核施設内に入るやいなや、英国が演じるルバニアからやってきた10人の査察官が、それらしく振る舞う。食事の間、ルバニアの査察団は、ノルウェーが演じるトーランドのチームと、英国とノルウェーの共同計画グループに接触することができないよう、別々にされている。

A huge amount of work goes in to making the exercise as realistic as possible.
実験のほとんどは、可能な限り現実に近付けてある。

A large, white binder contains briefing packs with fake Torland letters inviting the team to verify dismantlement of one of their Odin gravity bombs.
白く、大きなバインダーには、トーランドの重量核爆弾「オーディン」の解体を検証させるため、査察チームを招く旨を伝える架空の書簡とともに概要説明ファイルが入っている。

Stamped "secret", the Torland brief states that all details about the size, shape, composition, etc, "must be kept outside the knowledge of inspectors at all costs".
「機密」の判が押されたトーランドの概要説明ファイルには、核弾頭の大きさ、形、設計などの詳細な情報の全てを、「査察官には知らせない」と書かれてある。

To complicate matters, inspectors are given a printout from a fake website which features what is alleged to be leaked pictures of the weapon.
さらに、査察官には、核兵器の写真の流出をスクープした架空のウェブサイトのコピーが手渡され、混乱を誘っている。

"The aim is to develop methodologies we could use in inspections of a real nuclear facility but in an environment in which can do trial and error," explains Andreas Persbo of Vertic, which helped organise the event.
今回の実験を計画した英国のプラウシェア基金の研究員、アンドリアス・ペルスボ氏は「本物の核施設を査察するときに使える方法論を発展させることが目的だが、試行錯誤の環境の中でやっている」と説明した。

It is not an exercise in which the nuclear state is trying to clandestinely divert nuclear material or the inspecting side search for a covert facility.
また、今回の実験は、核兵器国が秘密裏に核物質を流用しようとしたり、査察側が隠れた施設を探したりするようなことを想定しているわけではない。

Paintball guards
着色弾が込められた銃を携帯する警護員


The main aim instead is to try to look for practical lessons and solutions to build confidence between the haves and have-nots in the nuclear world.
実験の主たる目的は、核兵器を持つ国と持たざる国との間に信頼関係を構築するための、実用的な教訓と解決策を探るということにある。

Even so, the British/Luvania team push the boundaries during the long negotiating sessions that begin and end each day, at one point submitting 15 questions, some of which the Norway/Torland team refuse to answer.
ただ、そうであったとしても、英国が演じるルバニアの査察チームは、ノルウェーが演じるトーランドに15の疑問を投げ掛けることで始まり、トーランドがそのうちのいくつかの疑問に対する回答を拒絶することで終わる長い交渉の末、過ぎていく一日一日の中で、何とかして膠着状態を打開していくことになる。

There is even an early disagreement over the question of what type of warning - if any - the guards would give before firing their weapons.
査察官を守る警護が武器を使用する際の警告は、どのようなものなのかという疑問についても、はなから合意が存在しない場合さえある。

The guards, who follow the inspectors everywhere, are real Norwegian soldiers but armed with non-lethal weapons, similar to paintball guns.
査察官の行くところすべてに同伴する警護は本物のノルウェーの兵士である。しかし、携帯している武器は本物ではなく、着色弾が込められた銃を所持している。

The key task for the inspectors is to establish a chain of custody and ensure that at no point is any sensitive material diverted.
査察官の主な任務は加工・流通過程の管理を確立することにあり、機微な物資が流用されることがないという確証を得ることにある。

But this has to be done without ever actually seeing the sensitive material itself.
しかし、機微な物資の実物を見ることがないまま、査察が進められることになる。

Initially, a truck takes a container carrying the device to the disarmament facility.
まず、トラックが装置の入ったコンテナを、核兵器解体施設に運ぶ。

From the start inspectors watch, photograph, seal and tag key items. They cover entry and exit points to the disarmament chamber, sweeping all those going in and out to ensure no radioactive material is smuggled away.
査察官は写真や封印された重要な物資、荷札などを最初から確認している。査察官は、解体部屋に通じる入り口から出口までを見張っており、解体部屋に運び込まれたり、もしくは、解体部屋から運び出されたりしている放射性物質が、こっそり持ち出されないよう監視している。

"It is a very choreographed process, almost like a ballet," says Mr Persbo. "Timings are very precise."
「バレーの振り付け過程にかなり近い。タイミングが非常に緻密なのだ」とペルスボ氏は指摘する。

The amount of fissile material in a nuclear bomb is itself classified, so a number of techniques have to be employed by the inspectors to ensure nothing is diverted when they are not able to measure it in detail themselves.
核爆弾の中の核分裂性物質の量は機密扱いとなっている。査察官は、核爆弾の中に、どれだけの量の核分裂性物質が含まれているか確認できないので、流用を防ぐためのあらゆる手段を講じる必要がある。

Each country's scientists have separately designed and built their own prototype devices known as "information barriers", which can confirm that an agreed amount of radioactive material is present in any container.
各国の科学者は、コンテナの中に含まれている放射性物質が合意されている量であるのかどうかを確認できる「情報障壁」としての原型装置を個々に設計・製造している。

The machines provide a green light if the contents match the last reading but the actual contents are not revealed.
この装置は、コンテナの中身が最終の測定値と合致したら許可を与えるようになっているが、中身が実際にどうなっているのかについては明らかにしない。

There is genuine relief from the scientists when both come out with an agreed result of what is inside the container.
コンテナの中身が合意の範囲であるという結果が公表されれば、科学者の負担を減らすことになる。

The other means for assuring the chain of custody are tags and seals.
加工・流通過程を管理するためのもう一つの手段が、荷札とシールによる封印である。

Tags and seals
荷札とシールによる封印

A tag is any form of identifying label, while a seal is used to ensure a room or box is not tampered with during times inspectors are not physically watching it.
荷札は中身を証明するラベルであり、シールによる封印は、査察官による物理的な監視が行われていない間に、積荷の収納室や箱に手が加わることがないよう、保証するために使われる。

These are surprisingly low-tech. A purple strip of adhesive goes across a door hinge. If it is moved then the colour changes and a warning appears on it.
極めてローテクな手段ではある。紫色の粘着テープが扉の蝶番に貼られている。もし、蝶番が動けば、警告として粘着テープの色が変化する。

Additionally, the seal has a blob of glue with multi-coloured glitter inside. This is photographed close-up by the inspectors once it is in place and then again when inspectors return.
さらに、シールには、きらきらと光る多色の粘着物の染みが付いている。積荷が収納室に置かれ後、査察官が再び戻ってきた際に、査察官が封印の様子を撮影した近接写真がこれである。

The unique pattern would be almost impossible to replicate perfectly in a relatively short space of time. More high-tech variants are available involving fibre-optics and the next stage of the project may involve looking at ways of designing the most effective seals.
この粘着物の特殊な配色を短期間で完璧に複製することは、ほぼ不可能だろう。ファイバー繊維光学を用いた、よりハイテクな改良型も利用可能となっており、最も有効な封印シールとして次の核兵器解体事業で採用されるかもしれない。

After the "physics package" is removed from the bomb and placed in a container, the inspectors are allowed to return into the room and watch it being placed in a storage room for the night.
「物理パッケージ」が爆弾から取り除かれ、コンテナの中に入れられた後、査察官は収納室に戻ることが許され、夜間にコンテナが収納室に置かれていることを確認する。

The next morning, in the pouring rain, inspectors follow the container as it is moved by a cart to another part of the facility where the radioactive material is - at least notionally - removed in a hot cell using robotics arms.
翌朝、雨の中、査察官は手押し車に乗せられ、別の施設に移動するコンテナの後を追う。移動先の施設では、放射性物質(少なくとも概念的にはそう言える)のホットセルをロボット・アームで取り除く作業が行われる。

Finally it is moved to a storage site.
最後にコンテナは、保管場所に移される。

"This is about having an understanding of what it means to take some material from A to B without really knowing what it is," explains Norwegian official Ole Reistad.
ノルウェーの関係者であるオル・レイスタッド氏は「物質のことを本当に知らなくとも、ある物質がAからBへと移されることの意味は、概ね、理解できるはずだ」と述べる。

"Under other verification arrangements, it might be special types of fuel, it might be commercial secrets or it might be other security interests that you have to protect in some way."
また、レイスタッド氏は「特殊な燃料に関係するものかもしれないし、商業的機密事項かもしれない。はたまた、安全保障上の利益に関わるものかしれないが、検証においては、そうした他の約束事も、何とかして守らなければならない」と指摘した。

Dress rehearsal
本稽古

In practice no nuclear weapons state has ever allowed a non-nuclear weapons state to verify disarmament. But if there was to be multilateral disarmament in the future, it may well be important to provide such states with confidence over its actions.
実際には、核兵器国が、核軍縮の検証を非核兵器国に認めたことは一度もない。しかし、将来的に、多国間で核兵器の解体を進めるということがあるのであれば、核兵器国と非核兵器国が、この作業を行うことへの自信を得ていけるようにしていくことが重要だろう。

Officials on both sides hope that this and any future events will lead to better understanding between nuclear weapons states and non-nuclear weapons states and more collaborations, allowing trust and confidence to be increased.
今回の英国とノルウェー双方の関係者は、今回の実験と今後の取り組みが、核兵器国と非核兵器国の相互理解を進め、より協調的な関係を構築し、信頼と自信を深めていことにつながるだろうと期待を寄せる。

"Norway is very much committed on the disarmament agenda," explains Gry Larsen, Norway's State Secretary for Foreign Affairs. "This project in a way shows our commitment to try and find good practical ways of making sure we have nuclear disarmament."
ノルウェーのグライ・ラーセン外務副大臣は「ノルウェーは、核軍縮という課題に全力で取り組んでいる」と強調し、「今回の事業はノルウェーの取り組みを証明するとともに、核軍縮に向け、確信が持てる現実的な手段を見出していくものだ」と説明した。

UK inspectors and observers say they learnt about the challenges of being a non-nuclear weapons state and providing confidence, as well as ways of ensuring their own sensitive material is protected.
英国の参加者は、機微な物資の保護を確実にしていくための手段だけでなく、非核兵器国の課題や信頼関係を構築してことなどについても学んだと述べた。

The Norwegians say they garnered a first-hand perspective of the sensitivities of nuclear states in protecting classified information.
ノルウェーの参加者は、機密情報で保護されている複雑な核兵器国の視点を、直に得ることができたと語った。

The UK has talked of acting as a "disarmament laboratory" and being part of the process allows the UK to say that it is living up to its obligations under the Non-Proliferation Treaty for disarmament, although the emphasis is on developing the technical aspects of verification.
英国は、今回の「核兵器解体実験」と言うべき取り組みについて、検証作業の技術面の発展ということに限られはするものの、英国が、核拡散防止条約(NPT)が核兵器国に課す、核軍縮のための義務を果たしていることにつながると言ってもよいだろうと述べた。

"It was lots of hard work but there's opportunity for more progress in the future," said one UK Ministry of Defence official.
英国防省の関係者は「課題は多いが、将来的に、さらに進化していく機運は高まっている」と指摘する。

Other countries are also said to have shown interest in the work, including the US, Canada, Russia, Australia and Japan. 英国とノルウェーの取り組みに対しては、米国、カナダ、ロシア、オーストラリア、日本などの国々が関心を示している。(了)