「核態勢見直し(Nuclear Posture Review=NPR)」が、4月6日に発表されました。(http://www.defense.gov/npr/)
昨年5月に、NPRの中間報告書的位置付けにあった戦略態勢委員会の報告書(戦略態勢委員会の報告書は、同委員会の委員長であるウィリアム・ペリーと副委員長のジェームス・シュレシンジャーの名を取って、「ペリー・シュレシンジャー報告書」とも呼ばれています。http://www.usip.org/strategic_posture/final.htmlより原文を入手可能。なお、ブログでの解説はhttp://hamisheddietsundoku.blogspot.com/2009/05/lead-but-hedge.html)がすでに出されており、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で必要な議論はほぼ、し尽くされているとの印象を持っていました。
実際、今回発表されたNPRが「ペリー・シュレシンジャー報告書」の延長線上にあることは、米国防総省もNPRについて説明した記者ブリーフィングで認めており(http://www.america.gov/st/texttrans-english/2010/April/20100407120928eaifas0.1092449.html)、結局のところ、NPRは前々から予想されていた通りの内容となったと言わざるを得ませんが、いずれにせよ、NPRの発表によりオバマ政権の核兵器政策の中身がはっきりし、ここに来てようやく、オバマ米大統領のプラハ演説で示された構想の評価が可能になったと思えます。
一方で、米国防総省はNPRについて、「ペリー・シュレシンジャー報告書」を単純に模倣したものではないとも説明しています。特に、NPRはオバマ大統領のリーダーシップの下に作成されており、この点が「ペリー・シュレシンジャー報告書」とは明確に異なっていると言いたいようです。例えば、NPRの発表を受けて米国防総省が行った記者ブリーフィングにおける、米国防総省側の以下のような発言がそうです。
Senior leadership engagement -- it's a shorthand in the nuclear business that nuclear weapons are the president's weapons. This president has been directly engaged in this review, in a very deliberative, thoughtful, thorough way.
(NPRには)米軍の最高司令官が関与している。つまり、核の問題をめぐり、端的に言いたいのは、核兵器は大統領の兵器であるということだ。オバマ大統領は、極めて周到で慎重な、かつ徹底したやり方で、直接的にNPRにかかわっている。
But this report is President Obama's -- the -- you will hear the word "foundational." He considers this a foundational document of his administration; reflects his thinking, his leadership.
(ペリー・シュレシンジャー報告書とは違い)NPRはオバマ大統領のものだ。「foundational」という言葉があるが、オバマ大統領はNPRを、大統領自身の考えとリーダーシップを反映した政権の基礎を成す報告書として捉えている。
なるほど、「ペリー・シュレシンジャー報告書」では意見が真っ二つに分かれ、まとまらなかったとされていた包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准の是非について、NPRでははっきりと批准を目指す方針を打ち出していますが、これなどは確かに、オバマ大統領のリーダーシップによる決断であることは間違いないでしょう。
また、「ペリー・シュレシンジャー報告書」は、ロシアが多弾頭搭載型の新大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に着手するなど、核兵器の近代化を進めている現状に言及し、そうした状況に対応した核抑止力も、米国は維持する必要があると指摘しています。が、NPRでは、核兵器体系におけるロシアとの軍事バランスを保つため、米国が保有する多弾頭独立目標再突入体(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle=MIRV)搭載型のICBMを、すべて「De-MIRVed(非MIRV化)」し、ICBMに搭載できる核弾頭の数は一つのみとするという方向性が明記されました。この決断にも、第一次戦略核兵器削減条約(START I)に替わる新条約交渉で、何とかしてロシア側を説得しなければならなかったオバマ大統領のリーダーシップが発揮されているであろうことは、想像に難くありません。おそらく、ICBMの非MIRV化は、新核兵器削減条約へのロシア側の合意を得るためにも必要な措置であり、オバマ大統領がロシアのメドベージェフ大統領に提示した条件の一つなのではないかと思われます。
「ペリー・シュレシンジャー報告書」については、米国の軍縮・軍備管理を専門とする有力なシンクタンク、アームズ・コントロール・アソシーエションが発行するアームズ・コントロール・トゥデイ誌に、「Hedging(核抑止力)の話ばかりで、Leading(核軍縮)の話をほとんどしていない」(http://www.armscontrol.org/act/2009_6/KristensenOelrich)と批判する論評が掲載されるなど、特に核兵器廃絶を強く推進する人々を失望させる内容だったともいわれていましたが、NPRは少なくとも、「ペリー・シュレシンジャー報告書」ほど、核抑止力についての話一色であるとの印象を持たれるような内容にはならなかったということのようです。例えば、英フィナンシャルタイムズ紙は、NPRを以下のように評価する記事を載せています(http://www.ft.com/cms/s/0/2df22054-42a7-11df-91d6-00144feabdc0.html)。
However, such is the fevered condition of the Republican party that some critics depicted the review as the equivalent of unilateral nuclear disarmament – another washed-up phrase from the cold war era. However, the document was the fruit of a carefully parsed compromise between nuclear modernisers in the military and the “nuclear-free” conscience keepers in Mr Obama’s team.
しかし、例えば共和党の中には、NPRは米国だけが単独で核軍縮を進めると言っているに等しいと強く反発する者もいれば、冷戦期から変わらぬ古くさい考え方にすぎないと批判する者もいる。だが、軍事において核兵器の近代化は必要だとする者の主張と、「核兵器のない世界」という理想を目指したいと考えるオバマ・チームの主張の双方を慎重に分析した結果、たどり着いた妥協が今回のNPRなのである。
NPRは当初、昨年の8月頃に出ると噂され、そうかと思ったら昨年末になったとなり、さらに今年の2月、3月…と公表がどんどん先送りされていったわけですが、最終的にはオバマ大統領のプラハ演説からちょうど一周年というタイミングに、NPRの発表を持ってきました。NPRの発表をこのタイミングにしたのも、おそらく意図的だったのでしょう。上の米国防総省による記者ブリーフィングでの発言にもあるように、NPRにおけるオバマ大統領のリーダーシップの強調のされぶりから考えても、NPRには、オバマ大統領のプラハ演説で示された構想の具体化への意気込みが、それなりに込められていると考えてよさそうです。
意気込みということについて、さらにいえば、NPRをまとめる責務を負うのは、マンデートでは米国防総省なのですが、当の米国防総省は、今回のNPRが「interagency review(省庁横断的な見直し)」であることをしきりに主張しているということがあります。
NPRの作成は、米国防総省、米国務省、米エネルギー省の協働で進められたため、核兵器体系や核戦略の話にとどまらない、外交の在り方や核関連施設のインフラ問題などを含む幅広い分野を網羅する内容となっていますが、米国防総省の説明によると、政府機関同士の協力のほかにも、核兵器政策に詳しい議員やNGOの人たちなど、実に80人以上の関係者とも協議してきたようです。つまり、これだけ多くの人間が、オバマ政権のNPRに責任を持ってかかわっているのだということを、米国防総省は誇らしげに強調しているのです。例えば、NPRについて説明する記者ブリーフィングでの、米国防総省側の以下のような発言です。
So any of you connoisseurs of Nuclear Posture Reviews might know that the 1994 review was essentially a very small group of people focused on a very narrow question. And what we have here today is a much larger group. And if you will, the stepping stone in the middle of the 2001 NPR never really quite had the leadership buy-in that it needed.
NPR通の記者である君たちもご存知の通り、1994年(クリントン政権)のNPRはそもそも、非常に限られた問題に焦点を絞り、極めて少ない人たちの手で作成されている。ところがオバマ政権のNPRでは、はるかに多くの人間がかかわっている。また、2001年(ブッシュ政権)のNPR作成過程に至っては、NPRに責任を負おうとするリーダーシップがまったく見られなかったのだ。
The Nuclear Posture Review of 2001 was leaked, before it was done, in unclassified form. And the last administration then found it difficult ever to talk about the results of the review, because it was talking about a leaked classified document.
2001年のNPRの場合は、報告書が完成する前に、非機密文書の形で情報が漏洩してしまった。結局、ブッシュ政権は、核態勢の見直し結果について話し合うことさえ難しいと感じるようになってしまった。漏洩してしまった機密文書について話し合うということになるからね。
And there weren't many signs of senior leadership commitment to the agenda put forward in that Nuclear Posture Review. You can expect to see many signs of leadership commitment to this Nuclear Posture Review. It reflects a very high degree of buy-in from across the civilian and uniform sides, and across the USG [United States government] as a whole, and including the president.
なので、2001年のNPRで示された政策について、大統領がリーダーシップを発揮していこうという雰囲気ではなくなってしまった。だが、オバマ政権のNPRに対しては、責任を持ってリーダーシップを発揮していこうという気運の高まりを感じ取れるはずだ。オバマ政権のNPRには、民間人から軍人、さらには大統領を含む米政府全体が、非常に高いレベルで責任を持って関与した結果、完成したものなのだから。
米国防総省の上のような説明を聞く限りでは、特に、唯一の被爆国に住む私たち日本人が期待している、「核廃絶に向けた画期的な一歩を踏み出した!」と思わせるようなNPRができあがったかのように錯覚してしまうかもしれませんが、そんな内容ではまったくなく、いうなれば、核軍縮・軍備管理に向けて踏み出す前のスタートラインに、ようやく立つことができたという程度の内容であると思います。
それでは以下で、オバマ政権のNPRの内容を具体的に見ていきたいと思います。
昨年5月に、NPRの中間報告書的位置付けにあった戦略態勢委員会の報告書(戦略態勢委員会の報告書は、同委員会の委員長であるウィリアム・ペリーと副委員長のジェームス・シュレシンジャーの名を取って、「ペリー・シュレシンジャー報告書」とも呼ばれています。http://www.usip.org/strategic_posture/final.htmlより原文を入手可能。なお、ブログでの解説はhttp://hamisheddietsundoku.blogspot.com/2009/05/lead-but-hedge.html)がすでに出されており、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で必要な議論はほぼ、し尽くされているとの印象を持っていました。
実際、今回発表されたNPRが「ペリー・シュレシンジャー報告書」の延長線上にあることは、米国防総省もNPRについて説明した記者ブリーフィングで認めており(http://www.america.gov/st/texttrans-english/2010/April/20100407120928eaifas0.1092449.html)、結局のところ、NPRは前々から予想されていた通りの内容となったと言わざるを得ませんが、いずれにせよ、NPRの発表によりオバマ政権の核兵器政策の中身がはっきりし、ここに来てようやく、オバマ米大統領のプラハ演説で示された構想の評価が可能になったと思えます。
一方で、米国防総省はNPRについて、「ペリー・シュレシンジャー報告書」を単純に模倣したものではないとも説明しています。特に、NPRはオバマ大統領のリーダーシップの下に作成されており、この点が「ペリー・シュレシンジャー報告書」とは明確に異なっていると言いたいようです。例えば、NPRの発表を受けて米国防総省が行った記者ブリーフィングにおける、米国防総省側の以下のような発言がそうです。
Senior leadership engagement -- it's a shorthand in the nuclear business that nuclear weapons are the president's weapons. This president has been directly engaged in this review, in a very deliberative, thoughtful, thorough way.
(NPRには)米軍の最高司令官が関与している。つまり、核の問題をめぐり、端的に言いたいのは、核兵器は大統領の兵器であるということだ。オバマ大統領は、極めて周到で慎重な、かつ徹底したやり方で、直接的にNPRにかかわっている。
But this report is President Obama's -- the -- you will hear the word "foundational." He considers this a foundational document of his administration; reflects his thinking, his leadership.
(ペリー・シュレシンジャー報告書とは違い)NPRはオバマ大統領のものだ。「foundational」という言葉があるが、オバマ大統領はNPRを、大統領自身の考えとリーダーシップを反映した政権の基礎を成す報告書として捉えている。
なるほど、「ペリー・シュレシンジャー報告書」では意見が真っ二つに分かれ、まとまらなかったとされていた包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准の是非について、NPRでははっきりと批准を目指す方針を打ち出していますが、これなどは確かに、オバマ大統領のリーダーシップによる決断であることは間違いないでしょう。
また、「ペリー・シュレシンジャー報告書」は、ロシアが多弾頭搭載型の新大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に着手するなど、核兵器の近代化を進めている現状に言及し、そうした状況に対応した核抑止力も、米国は維持する必要があると指摘しています。が、NPRでは、核兵器体系におけるロシアとの軍事バランスを保つため、米国が保有する多弾頭独立目標再突入体(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle=MIRV)搭載型のICBMを、すべて「De-MIRVed(非MIRV化)」し、ICBMに搭載できる核弾頭の数は一つのみとするという方向性が明記されました。この決断にも、第一次戦略核兵器削減条約(START I)に替わる新条約交渉で、何とかしてロシア側を説得しなければならなかったオバマ大統領のリーダーシップが発揮されているであろうことは、想像に難くありません。おそらく、ICBMの非MIRV化は、新核兵器削減条約へのロシア側の合意を得るためにも必要な措置であり、オバマ大統領がロシアのメドベージェフ大統領に提示した条件の一つなのではないかと思われます。
「ペリー・シュレシンジャー報告書」については、米国の軍縮・軍備管理を専門とする有力なシンクタンク、アームズ・コントロール・アソシーエションが発行するアームズ・コントロール・トゥデイ誌に、「Hedging(核抑止力)の話ばかりで、Leading(核軍縮)の話をほとんどしていない」(http://www.armscontrol.org/act/2009_6/KristensenOelrich)と批判する論評が掲載されるなど、特に核兵器廃絶を強く推進する人々を失望させる内容だったともいわれていましたが、NPRは少なくとも、「ペリー・シュレシンジャー報告書」ほど、核抑止力についての話一色であるとの印象を持たれるような内容にはならなかったということのようです。例えば、英フィナンシャルタイムズ紙は、NPRを以下のように評価する記事を載せています(http://www.ft.com/cms/s/0/2df22054-42a7-11df-91d6-00144feabdc0.html)。
However, such is the fevered condition of the Republican party that some critics depicted the review as the equivalent of unilateral nuclear disarmament – another washed-up phrase from the cold war era. However, the document was the fruit of a carefully parsed compromise between nuclear modernisers in the military and the “nuclear-free” conscience keepers in Mr Obama’s team.
しかし、例えば共和党の中には、NPRは米国だけが単独で核軍縮を進めると言っているに等しいと強く反発する者もいれば、冷戦期から変わらぬ古くさい考え方にすぎないと批判する者もいる。だが、軍事において核兵器の近代化は必要だとする者の主張と、「核兵器のない世界」という理想を目指したいと考えるオバマ・チームの主張の双方を慎重に分析した結果、たどり着いた妥協が今回のNPRなのである。
NPRは当初、昨年の8月頃に出ると噂され、そうかと思ったら昨年末になったとなり、さらに今年の2月、3月…と公表がどんどん先送りされていったわけですが、最終的にはオバマ大統領のプラハ演説からちょうど一周年というタイミングに、NPRの発表を持ってきました。NPRの発表をこのタイミングにしたのも、おそらく意図的だったのでしょう。上の米国防総省による記者ブリーフィングでの発言にもあるように、NPRにおけるオバマ大統領のリーダーシップの強調のされぶりから考えても、NPRには、オバマ大統領のプラハ演説で示された構想の具体化への意気込みが、それなりに込められていると考えてよさそうです。
意気込みということについて、さらにいえば、NPRをまとめる責務を負うのは、マンデートでは米国防総省なのですが、当の米国防総省は、今回のNPRが「interagency review(省庁横断的な見直し)」であることをしきりに主張しているということがあります。
NPRの作成は、米国防総省、米国務省、米エネルギー省の協働で進められたため、核兵器体系や核戦略の話にとどまらない、外交の在り方や核関連施設のインフラ問題などを含む幅広い分野を網羅する内容となっていますが、米国防総省の説明によると、政府機関同士の協力のほかにも、核兵器政策に詳しい議員やNGOの人たちなど、実に80人以上の関係者とも協議してきたようです。つまり、これだけ多くの人間が、オバマ政権のNPRに責任を持ってかかわっているのだということを、米国防総省は誇らしげに強調しているのです。例えば、NPRについて説明する記者ブリーフィングでの、米国防総省側の以下のような発言です。
So any of you connoisseurs of Nuclear Posture Reviews might know that the 1994 review was essentially a very small group of people focused on a very narrow question. And what we have here today is a much larger group. And if you will, the stepping stone in the middle of the 2001 NPR never really quite had the leadership buy-in that it needed.
NPR通の記者である君たちもご存知の通り、1994年(クリントン政権)のNPRはそもそも、非常に限られた問題に焦点を絞り、極めて少ない人たちの手で作成されている。ところがオバマ政権のNPRでは、はるかに多くの人間がかかわっている。また、2001年(ブッシュ政権)のNPR作成過程に至っては、NPRに責任を負おうとするリーダーシップがまったく見られなかったのだ。
The Nuclear Posture Review of 2001 was leaked, before it was done, in unclassified form. And the last administration then found it difficult ever to talk about the results of the review, because it was talking about a leaked classified document.
2001年のNPRの場合は、報告書が完成する前に、非機密文書の形で情報が漏洩してしまった。結局、ブッシュ政権は、核態勢の見直し結果について話し合うことさえ難しいと感じるようになってしまった。漏洩してしまった機密文書について話し合うということになるからね。
And there weren't many signs of senior leadership commitment to the agenda put forward in that Nuclear Posture Review. You can expect to see many signs of leadership commitment to this Nuclear Posture Review. It reflects a very high degree of buy-in from across the civilian and uniform sides, and across the USG [United States government] as a whole, and including the president.
なので、2001年のNPRで示された政策について、大統領がリーダーシップを発揮していこうという雰囲気ではなくなってしまった。だが、オバマ政権のNPRに対しては、責任を持ってリーダーシップを発揮していこうという気運の高まりを感じ取れるはずだ。オバマ政権のNPRには、民間人から軍人、さらには大統領を含む米政府全体が、非常に高いレベルで責任を持って関与した結果、完成したものなのだから。
米国防総省の上のような説明を聞く限りでは、特に、唯一の被爆国に住む私たち日本人が期待している、「核廃絶に向けた画期的な一歩を踏み出した!」と思わせるようなNPRができあがったかのように錯覚してしまうかもしれませんが、そんな内容ではまったくなく、いうなれば、核軍縮・軍備管理に向けて踏み出す前のスタートラインに、ようやく立つことができたという程度の内容であると思います。
それでは以下で、オバマ政権のNPRの内容を具体的に見ていきたいと思います。
I. 迫り来る“Nuclear Tipping Point”
「転換点」と訳される“Tipping Point”という言葉は、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で頻繁に出てきますが、「核兵器のない世界に向かう転換点」というポジティブな意味ではなく、「核が拡散する世界へと向かう転換点」というネガティブな意味で使われています。実際、「ペリー・シュレシンジャー報告書」の場合は、“a proliferation tipping point(核拡散へと向かう転換点)”と、ネガティブな意味が込められていることが明らかに分かる表現で、この言葉を用いています。
NPRでも、“a nuclear tipping point”という表現で、この“Tipping Point”という言葉が1回だけ出てきますが、込められている意味は「ペリー・シュレシンジャー報告書」とまったく同じです。
Concerns have grown in recent years that we are approaching a nuclear tipping point that unless today’s dangerous trends are arrested and reversed, before very long we will be living in a world with a steadily growing number of nuclear-armed states and an increasing likelihood of terrorists getting their hands on nuclear weapons. (2010 NPR, p.vi)
近年、核が拡散する世界が到来する転換点に近づきつつあるのではないかという懸念が高まっている。もし、今日の危険な傾向を阻止し、覆すことができなければ、近い将来、核武装国は確実に増え、テロリストが核兵器を手に入れてしまう恐れも増した世界となってしまうだろう。
NPRで示された核政策の目的は、まさに、この「核が拡散する世界へと向かう転換点」に近づこうとする歩みを止めるということにあり、この目的意識がすべての出発点となっています。従って、この目的の所与として、「核拡散と核テロリズムの阻止」がNPRの最重要課題として位置付けられるという、非常に分かりやすい議論が展開されています。
「転換点」と訳される“Tipping Point”という言葉は、「ペリー・シュレシンジャー報告書」で頻繁に出てきますが、「核兵器のない世界に向かう転換点」というポジティブな意味ではなく、「核が拡散する世界へと向かう転換点」というネガティブな意味で使われています。実際、「ペリー・シュレシンジャー報告書」の場合は、“a proliferation tipping point(核拡散へと向かう転換点)”と、ネガティブな意味が込められていることが明らかに分かる表現で、この言葉を用いています。
NPRでも、“a nuclear tipping point”という表現で、この“Tipping Point”という言葉が1回だけ出てきますが、込められている意味は「ペリー・シュレシンジャー報告書」とまったく同じです。
Concerns have grown in recent years that we are approaching a nuclear tipping point that unless today’s dangerous trends are arrested and reversed, before very long we will be living in a world with a steadily growing number of nuclear-armed states and an increasing likelihood of terrorists getting their hands on nuclear weapons. (2010 NPR, p.vi)
近年、核が拡散する世界が到来する転換点に近づきつつあるのではないかという懸念が高まっている。もし、今日の危険な傾向を阻止し、覆すことができなければ、近い将来、核武装国は確実に増え、テロリストが核兵器を手に入れてしまう恐れも増した世界となってしまうだろう。
NPRで示された核政策の目的は、まさに、この「核が拡散する世界へと向かう転換点」に近づこうとする歩みを止めるということにあり、この目的意識がすべての出発点となっています。従って、この目的の所与として、「核拡散と核テロリズムの阻止」がNPRの最重要課題として位置付けられるという、非常に分かりやすい議論が展開されています。
ただ、この“Nuclear Tipping Point”を強調した理屈は、実は後付けなのではないかと感じます。
核弾頭の貯蔵総数は、配備された核弾頭と未配備の核弾頭の双方に加え、もう解体しなければならない数千発あるといわれている賞味期限切れの核弾頭を合わせた数だということになりますが、問題は、賞味期限切れとなった解体待ちの核弾頭の扱いです。ちなみに、全米科学者連盟(FAS)で「核情報プロジェクト」のディレクターを務めるハンス・クリステンセンによると、2010年2月現在で、解体待ちの退役核弾頭は4500発ほどあるそうです。
米国は冷戦終結以降、核弾頭の新規製造をしていませんので、米国が貯蔵する核弾頭は製造から30~40年は経過したものということになります。老朽化した核弾頭の扱いは、軍備管理上、重要な問題であるはずで、冷戦期のように核弾頭を現在でも大量に保有し続けるというのは、さすがに無理があります。現に、ブッシュ前大統領であっても、「米国の安全保障上の要請に応じた最小限の数の核兵器で、信頼できる抑止力(“a credible deterrent with the lowest-possible number of nuclear weapons consistent with our national security needs”)」を維持すると表明していました。
ブッシュ政権はまた、2004年に、「2012年までに核弾頭の貯蔵数を半減させる」という方針を明らかにしています。ブッシュ政権は、ロシアと戦略核弾頭の配備数を1700~2200発まで削減することに合意したモスクワ条約を締結しましたが、配備済み戦略核弾頭とは別に、トリチウムが除かれるなど、すぐには使えない状態(inactive=未活性)になっている未配備の核弾頭などは「見えざる(“invisible”)核弾頭」として、手つかずのまま残されるということになります。FASの試算では、米国の核弾頭貯蔵数は約9500発であるいわれており、その内訳は、クリステンセンによると、実戦配備された(active=活性な)核弾頭が約2600発(=戦略核・非戦略核を合わせた数)、未配備のものが約2400発、そして解体待ちの退役核弾頭が約4500発ということのようです。確かに、退役核弾頭約4500発がすべて解体されれば、2012年までに核弾頭の貯蔵数をだいたい半減させることができる…という計算になります。
しかし、退役核弾頭の解体作業は遅々として進まない。ブッシュ政権が2012年までに核弾頭の貯蔵数を半減させると表明した2004年時点で、解体待ちの退役核弾頭は5000発ほどあったといわれていますが、6年経った今もほとんど減らされておらず、まだ4500発残っているわけです。この4500発を後2年ですべて解体させるのは、さすがに不可能ではないかと感じます。退役核弾頭の解体作業が遅々として進まないことについて、クリステンセンは自身のブログ(http://www.fas.org/blog/ssp/2007/05/estimates_of_us_nuclear_weapon.php)で以下のように批判しています。
Dismantling the nearly 4,900 retired warheads will take much longer to accomplish than the stockpile plan. By 2012, approximately 3,660 of the retired warheads will still be in storage. The reason is that the US dismantlement facility at Pantex in Texas is busy extending the lives of the many warheads the administration has decided must remain in the stockpile. Dismantlement will not be a priority for the next decade. Under current plans, dismantling the backlog of retired warheads will take until 2023, at an average rate of some 272 warheads per year.
Dismantling the nearly 4,900 retired warheads will take much longer to accomplish than the stockpile plan. By 2012, approximately 3,660 of the retired warheads will still be in storage. The reason is that the US dismantlement facility at Pantex in Texas is busy extending the lives of the many warheads the administration has decided must remain in the stockpile. Dismantlement will not be a priority for the next decade. Under current plans, dismantling the backlog of retired warheads will take until 2023, at an average rate of some 272 warheads per year.
約4900発(=2007年時の数)もの退役核弾頭を解体する作業は、ブッシュ政権が2012年までに核の貯蔵数を半減させるとした期限よりも、はるかに時間がかかるに違いない。期限の2012年になっても、おそらく3660発の退役核弾頭が、未だに解体されずに残っていることになるだろう。なぜかというと、テキサスにあるパンテックス解体施設は、ブッシュ政権が残しておくべきだと決めた核弾頭を延命させることに忙しいのだ。つまり、今後十年は、退役核弾頭の解体作業が優先事項とはならないということだ。このままでは、年間平均で272発ずつ解体していったとしても、未処理分の退役核弾頭の解体作業は2023年までかかるだろう。
ブッシュ政権のNPR(に限らずクリントン政権のNPRもそうですが)の長所は「柔軟性」の確保にあるといわれています。後ほど詳述する通り、オバマ政権のNPRでは、核兵器の役割を縮小することで、NPRの長所であると考えられていた「柔軟性」の幅が狭められる結果となっていますが、対してブッシュ政権のNPRの場合は、どこでどんな地域紛争が起こるか分からないし、テロリストが核兵器を使って米国を攻撃するかもしれない。また、ロシアで政変が起こり、米国に敵対的な国となるかもしれないし、中国が軍事超大国となるかもしれない…などなど、ありとあらゆる事態を想定した上で、核戦力の規模が決まるということになっています。ですので、どちらかというと、核軍縮に向けたインセンティブは低く、退役核弾頭の解体作業よりも、延命作業の方が優先されてしまうのは当然かもしれません。
一方で、オバマ政権のNPRの場合、保有する核兵器の量へのこだわりから、なかなか離れられなくなってしまう「柔軟性の確保」という考え方から抜け出そうとしているのではないかと考えられます。例えば、オバマ政権のNPRで、「将来の核兵器削減(Future Nuclear Reductions)」という小見出しが付けられている部分の以下のような記述です。
Second, implementation of the Stockpile Stewardship Program and the nuclear infrastructure investments recommended in the NPR will allow the United States to shift away from retaining large numbers of non-deployed warheads as a hedge against technical or geopolitical surprise, allowing major reductions in the nuclear stockpile.(2010 NPR, p.xi)
第二に、NPRで提案されている核備蓄管理計画や核関連インフラへの投資が実施されれば、米国は、技術的・地政学的な理由による不測の事態への備えとして、大量の未配備核弾頭を保有しておくという方針を転換し、核弾頭の備蓄数を大幅に削減できるだろう。
また、オバマ政権のNPRの「核の備蓄管理(Managing the U.S. Nuclear Stockpile)」という章では、退役核弾頭の解体についても以下のように記述しています。
The United States will consider reductions in non-deployed nuclear warheads, as well as acceleration of the pace of nuclear warhead dismantlement, as it implements a new
stockpile stewardship and management plan consistent with New START.(2010 NPR, p.40)
米国は、新たな核備蓄管理計画と新戦略核兵器削減条約における管理計画を実施する上で、退役核弾頭の解体作業の加速化と未配備核弾頭の削減について検討していく。
以上二つの記述は、核軍縮について積極的な姿勢を示している記述であるとは言えませんが、しばし「核戦力において、今や保有している核兵器の量は重要ではない」ともいわれている中、核弾頭の盗難・紛失リスクを減らすためにも、不要な核弾頭はできるだけなくしていきたいと、オバマ政権が考えているのは間違いないでしょう。
そのためにも、オバマ政権のNPRでは核軍縮のインセンティブをそれなりに高めておく必要があり、その妨げとなる「柔軟性の確保」という理屈に替わる主張が必要となる…というわけで登場したのが“Nuclear Tipping Point”であるということなのでしょう。
したがって、あいつも米国を攻撃するかもしれないし、こいつも米国を攻撃してくるかもしれないから、備蓄しておく核兵器の量はでき得る限り多いほうがいいという発想ではなく、オバマ政権のNPRでは、「Nuclear Tipping Pointが近づいているぞ!危ない!」と煽ることで、米国が必要とする核戦力のサイズと核軍縮の進め方をセットで模索していくということになっているわけです。
ただし、退役核弾頭の解体ということについて言えば、オバマ政権が解体作業をどれだけ真剣に進めようとしているのか、今のところはよく分かりません。米国家核安全保障局(NNSA)によると、2011会計年度における退役核弾頭の解体作業予算は、前年度に比べて、3800万ドル減ることになるらしいのです。(http://gsn.nti.org/gsn/nw_20100222_3310.php)
解体作業予算が削減されるかもしれないという状況を受け、クリステンセンは「現在の解体作業のペースでは、国際社会に、米国はむしろ老朽化した核弾頭に延命措置を施しているだけだと思われてしまい、オバマ政権の核不拡散政策に対する信頼を失いかねない」と指摘しています。5月3日から始まった核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、成果を上げたがっているオバマ政権にとって、核軍縮で本気の姿勢を見せることは必須のはずであり、核戦力のサイズをどの程度小さくしていくのかについて、ある程度は方向性を示すことが必要でしょう。このこととの関連で、以下のような報道がありました。
Second, implementation of the Stockpile Stewardship Program and the nuclear infrastructure investments recommended in the NPR will allow the United States to shift away from retaining large numbers of non-deployed warheads as a hedge against technical or geopolitical surprise, allowing major reductions in the nuclear stockpile.(2010 NPR, p.xi)
第二に、NPRで提案されている核備蓄管理計画や核関連インフラへの投資が実施されれば、米国は、技術的・地政学的な理由による不測の事態への備えとして、大量の未配備核弾頭を保有しておくという方針を転換し、核弾頭の備蓄数を大幅に削減できるだろう。
また、オバマ政権のNPRの「核の備蓄管理(Managing the U.S. Nuclear Stockpile)」という章では、退役核弾頭の解体についても以下のように記述しています。
The United States will consider reductions in non-deployed nuclear warheads, as well as acceleration of the pace of nuclear warhead dismantlement, as it implements a new
stockpile stewardship and management plan consistent with New START.(2010 NPR, p.40)
米国は、新たな核備蓄管理計画と新戦略核兵器削減条約における管理計画を実施する上で、退役核弾頭の解体作業の加速化と未配備核弾頭の削減について検討していく。
以上二つの記述は、核軍縮について積極的な姿勢を示している記述であるとは言えませんが、しばし「核戦力において、今や保有している核兵器の量は重要ではない」ともいわれている中、核弾頭の盗難・紛失リスクを減らすためにも、不要な核弾頭はできるだけなくしていきたいと、オバマ政権が考えているのは間違いないでしょう。
そのためにも、オバマ政権のNPRでは核軍縮のインセンティブをそれなりに高めておく必要があり、その妨げとなる「柔軟性の確保」という理屈に替わる主張が必要となる…というわけで登場したのが“Nuclear Tipping Point”であるということなのでしょう。
したがって、あいつも米国を攻撃するかもしれないし、こいつも米国を攻撃してくるかもしれないから、備蓄しておく核兵器の量はでき得る限り多いほうがいいという発想ではなく、オバマ政権のNPRでは、「Nuclear Tipping Pointが近づいているぞ!危ない!」と煽ることで、米国が必要とする核戦力のサイズと核軍縮の進め方をセットで模索していくということになっているわけです。
ただし、退役核弾頭の解体ということについて言えば、オバマ政権が解体作業をどれだけ真剣に進めようとしているのか、今のところはよく分かりません。米国家核安全保障局(NNSA)によると、2011会計年度における退役核弾頭の解体作業予算は、前年度に比べて、3800万ドル減ることになるらしいのです。(http://gsn.nti.org/gsn/nw_20100222_3310.php)
解体作業予算が削減されるかもしれないという状況を受け、クリステンセンは「現在の解体作業のペースでは、国際社会に、米国はむしろ老朽化した核弾頭に延命措置を施しているだけだと思われてしまい、オバマ政権の核不拡散政策に対する信頼を失いかねない」と指摘しています。5月3日から始まった核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、成果を上げたがっているオバマ政権にとって、核軍縮で本気の姿勢を見せることは必須のはずであり、核戦力のサイズをどの程度小さくしていくのかについて、ある程度は方向性を示すことが必要でしょう。このこととの関連で、以下のような報道がありました。
核弾頭5113発保有=NPT会議に合わせ公表-透明性、軍縮への決意強調-米
5月4日6時31分配信 時事通信
【ワシントン時事】米国防総省は3日、米国が保有する核弾頭数は、実戦配備と予備と合わせ計5113発であると発表した。退役後の保管中の核は含まれていない。米国が現有核戦力の実態を公表したのは極めて異例。 オバマ大統領は、核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて、最高機密の核弾頭数を公表することで、核戦力の透明性を図り、核軍縮に取り組む決意を示す狙いがある。 同省によると、2009年9月30日現在で、配備中や予備の核弾頭は5113発。米国の核弾頭保有数が最多だったのは冷戦時代の1967年の3万1255発。当時と比較すると約84%減少したとしている。
5月4日6時31分配信 時事通信
【ワシントン時事】米国防総省は3日、米国が保有する核弾頭数は、実戦配備と予備と合わせ計5113発であると発表した。退役後の保管中の核は含まれていない。米国が現有核戦力の実態を公表したのは極めて異例。 オバマ大統領は、核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて、最高機密の核弾頭数を公表することで、核戦力の透明性を図り、核軍縮に取り組む決意を示す狙いがある。 同省によると、2009年9月30日現在で、配備中や予備の核弾頭は5113発。米国の核弾頭保有数が最多だったのは冷戦時代の1967年の3万1255発。当時と比較すると約84%減少したとしている。
実戦配備と予備とを合わせ計5113発ということは、active(活性)とinactive(未活性)の核弾頭の総数ということなのでしょうけど、結局、FASが見積もっている数とほぼ同じで、米国の核弾頭の貯蔵数について調査してきた専門家がすでに知っている範疇の情報でしかありませんが、解体待ちの退役核弾頭の数を含めた核弾頭の貯蔵総数は、結局のところ、明かされていません。
現に、例えば英フィナンシャルタイムズ紙は、以下のように報じています。(http://www.ft.com/cms/s/0/1565d982-5714-11df-aaff-00144feab49a.html)
The total of 5,113 warheads includes all active weapons – both deployed and non-deployed – but not warheads awaiting dismantlement in line with US arms control obligations.
配備済みと未配備の双方を含む、実戦配備可能な核弾頭は全部で5113発ということだが、この中には、米国の軍備管理義務の下、解体待ちとなっている退役核弾頭の数が含まれていない。
米国の言い分は、核弾頭貯蔵数のピーク時に比べたら、84%減となる数まで縮小したんだから、もういいだろうと言っているようにも聞こえますが、いずれにせよ、今後、老朽化した核弾頭はどれだけ減らされていくのか、はたまた、実戦配備可能な核弾頭も解体されていくことになるのか、よく分かりません。解体待ちの退役核弾頭の解体作業を外から検証することも、これでは不可能でしょう。
II. 核不拡散のための拡大抑止?
オバマ政権のNPRの大きな特徴は、オバマ大統領のプラハ演説にはっきりと言及し、オバマ大統領が掲げた「核兵器のない世界」を目指すとした考え方を明記したことであるといえます。が、オバマ大統領のプラハ演説は、そもそも「核兵器のない世界」に懐疑的な人たちであっても受け入れられるような論理構成を取っており、NPRでもオバマ大統領のプラハ演説を以下のように引用しています。
In his April 2009 speech in Prague, President Obama highlighted 21st century nuclear dangers, declaring that to overcome these grave and growing threats, the United States will “seek the peace and security of a world without nuclear weapons.” He recognized that such an ambitious goal could not be reached quickly ―― perhaps, he said, not in his lifetime. But the President expressed his determination to take concrete steps toward that goal, including by reducing the number of nuclear weapons and their role in U.S. national security strategy. At the same time, he pledged that as long as nuclear weapons exist, the United States will maintain a safe, secure, and effective arsenal, both to deter potential adversaries and to assure U.S. allies and other security partners that they can count on America’s security commitments.(2010 NPR, p.iii)
オバマ大統領は2009年4月のプラハでの演説で、21世紀における核危機に焦点を当て、この重大で、かつ、高まりつつある脅威を克服するために、米国は「核兵器のない世界の平和と安全を希求していく」と宣言した。オバマ大統領は、この壮大な目的がすぐには達成できないことを認識している。オバマ大統領は、おそらく、自身が生きている間に、この目的が達成できないかもしれないとも言っていた。そうではあるが、オバマ大統領は、この目的の実現に向けて、核兵器の数と、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を縮小させることで、具体的な一歩を踏み出す決意を表明した。同時に、オバマ大統領は、核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持し、潜在的な敵を抑止するとともに、米国の同盟国と安全保障上の協調国が、米国が果たす安全保障義務に頼ることができるよう保証することを約束した。
上のような言い方ですと、「核兵器のない世界」は、ややもすれば、現実味のない目的に聞こえがちではありますが、一方で、「核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持する」という方は、まさに今の時代の現実的な要請として位置付けられるということになっているわけです。
「安全で確実、かつ効果的な核兵器の維持」は、米国の同盟国と安全保障上の協調国の安全を守るための拡大抑止のためにも必要であると明言されていますが、興味深いのは、このことが核不拡散の文脈で語られているという点です。オバマ政権のNPRでは、北朝鮮とイランを名指しで批判しながら、核拡散の危険性について以下のように指摘しています。
II. 核不拡散のための拡大抑止?
オバマ政権のNPRの大きな特徴は、オバマ大統領のプラハ演説にはっきりと言及し、オバマ大統領が掲げた「核兵器のない世界」を目指すとした考え方を明記したことであるといえます。が、オバマ大統領のプラハ演説は、そもそも「核兵器のない世界」に懐疑的な人たちであっても受け入れられるような論理構成を取っており、NPRでもオバマ大統領のプラハ演説を以下のように引用しています。
In his April 2009 speech in Prague, President Obama highlighted 21st century nuclear dangers, declaring that to overcome these grave and growing threats, the United States will “seek the peace and security of a world without nuclear weapons.” He recognized that such an ambitious goal could not be reached quickly ―― perhaps, he said, not in his lifetime. But the President expressed his determination to take concrete steps toward that goal, including by reducing the number of nuclear weapons and their role in U.S. national security strategy. At the same time, he pledged that as long as nuclear weapons exist, the United States will maintain a safe, secure, and effective arsenal, both to deter potential adversaries and to assure U.S. allies and other security partners that they can count on America’s security commitments.(2010 NPR, p.iii)
オバマ大統領は2009年4月のプラハでの演説で、21世紀における核危機に焦点を当て、この重大で、かつ、高まりつつある脅威を克服するために、米国は「核兵器のない世界の平和と安全を希求していく」と宣言した。オバマ大統領は、この壮大な目的がすぐには達成できないことを認識している。オバマ大統領は、おそらく、自身が生きている間に、この目的が達成できないかもしれないとも言っていた。そうではあるが、オバマ大統領は、この目的の実現に向けて、核兵器の数と、米国の安全保障戦略における核兵器の役割を縮小させることで、具体的な一歩を踏み出す決意を表明した。同時に、オバマ大統領は、核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持し、潜在的な敵を抑止するとともに、米国の同盟国と安全保障上の協調国が、米国が果たす安全保障義務に頼ることができるよう保証することを約束した。
上のような言い方ですと、「核兵器のない世界」は、ややもすれば、現実味のない目的に聞こえがちではありますが、一方で、「核兵器が存在している限り、米国は、安全で確実、かつ効果的な核兵器を維持する」という方は、まさに今の時代の現実的な要請として位置付けられるということになっているわけです。
「安全で確実、かつ効果的な核兵器の維持」は、米国の同盟国と安全保障上の協調国の安全を守るための拡大抑止のためにも必要であると明言されていますが、興味深いのは、このことが核不拡散の文脈で語られているという点です。オバマ政権のNPRでは、北朝鮮とイランを名指しで批判しながら、核拡散の危険性について以下のように指摘しています。
Today’s other pressing threat is nuclear proliferation. Additional countries especially those at odds with the United States, its allies and partners, and the broader international community may acquire nuclear weapons. In pursuit of their nuclear ambitions, North Korea and Iran have violated non-proliferation obligations, defied directives of the United Nations Security Council, pursued missile delivery capabilities, and resisted international efforts to resolve through diplomatic means the crises they have created. Their provocative behavior has increased instability in their regions and could generate pressures in neighboring countries for considering nuclear deterrent options of their own. (2010 NPR, p.iv)
今日のもう一つの差し迫った脅威は、核拡散である。米国、米国の同盟国と協調国、さらには広く国際社会と対立するような国が、核兵器を手に入れるかもしれない。核兵器開発の野望を追い求めるあまり、北朝鮮とイランは核不拡散の義務に違反し、国連安全保障理事会の決議を無視してミサイル開発を続け、両国のせいで生じている危機を外交的手段で解決しようとしている国際社会の努力に抵抗している。北朝鮮とイランの挑発的な行為は地域の安定を揺るがしており、結果、近隣諸国が自前で核兵器を製造し、核抑止力を持つという道を選んでしまいかねない。
以上のような想定を踏まえ、オバマ政権のNPRはさらに、以下のように続けています。
In coming years, we must give top priority to discouraging additional countries from acquiring nuclear weapons capabilities and stopping terrorist groups from acquiring nuclear bombs or the materials to build them. At the same time, we must continue to maintain stable strategic relationships with Russia and China and counter threats posed by any emerging nuclear-armed states, thereby protecting the United States and our allies and partners against nuclear threats or intimidation, and reducing any incentives they might have to seek their own nuclear deterrents. (2010 NPR, p.v)
米国は、これ以上核兵器開発に走る国を増やさせないとともに、テロリスト集団による核爆弾とその製造に必要な物資の入手を阻止しなければならない。これが、今後数年間の米国の最優先課題でなければならない。同時に、米国はロシアと中国との安定した戦略的関係を維持するとともに、新興核武装国が生み出す脅威に対抗し続けることで、自国と同盟国、協調国を核兵器による脅威や威嚇から守り、同盟国や協調国が自前の核抑止力を持とうと考えてしまいかねない誘因を減らしていくことが不可欠だ。
…というわけで、以下のような提案がなされています。
By maintaining a credible nuclear deterrent and reinforcing regional security architectures with missile defenses and other conventional military capabilities, we can reassure our non-nuclear allies and partners worldwide of our security commitments to them and confirm that they do not need nuclear weapons capabilities of their own. (2010 NPR, p.vi)
米国は信頼できる核抑止力を維持するとともに、ミサイル防衛や通常戦力により地域の安全保障構造を強化することで、世界中の非核兵器国である同盟国と協調国の安全を確保する責任を改めて負うことができるのであり、そうであれば、同盟国と協調国は自前の核抑止力を持つ必要はないということが確認できる。
米国の同盟国や協調国の中には、核兵器開発能力を持つ国(ここには日本も含まれます)があり、そうした同盟国や協調国が核兵器開発に走ってしまわないためにも、米国が拡大抑止の責任を負い続けることが重要であるとの指摘は、ペリー・シュレシンジャー報告書にもありましたが、この考え方はそのままオバマ政権のNPRにも踏襲されていることが分かります。オバマ政権のNPRでは、米国の同盟国と協調国による核拡散を防ぐという意味で、「信頼できる核抑止力の維持」と「核不拡散」を論理的に結び付け、核抑止力を維持するということが米国の安全保障戦略上のそのままの意味として説明されるているのではなく、あたかも核不拡散政策の一環であるかのような印象を与える書かれ方になっています。
ここで問題となるのは、核兵器の数も、核兵器の戦略上の役割も減らすといっているオバマ政権の拡大抑止を、同盟国と協調国は本当にあてにできるのか?…ということでしょう。
今日のもう一つの差し迫った脅威は、核拡散である。米国、米国の同盟国と協調国、さらには広く国際社会と対立するような国が、核兵器を手に入れるかもしれない。核兵器開発の野望を追い求めるあまり、北朝鮮とイランは核不拡散の義務に違反し、国連安全保障理事会の決議を無視してミサイル開発を続け、両国のせいで生じている危機を外交的手段で解決しようとしている国際社会の努力に抵抗している。北朝鮮とイランの挑発的な行為は地域の安定を揺るがしており、結果、近隣諸国が自前で核兵器を製造し、核抑止力を持つという道を選んでしまいかねない。
以上のような想定を踏まえ、オバマ政権のNPRはさらに、以下のように続けています。
In coming years, we must give top priority to discouraging additional countries from acquiring nuclear weapons capabilities and stopping terrorist groups from acquiring nuclear bombs or the materials to build them. At the same time, we must continue to maintain stable strategic relationships with Russia and China and counter threats posed by any emerging nuclear-armed states, thereby protecting the United States and our allies and partners against nuclear threats or intimidation, and reducing any incentives they might have to seek their own nuclear deterrents. (2010 NPR, p.v)
米国は、これ以上核兵器開発に走る国を増やさせないとともに、テロリスト集団による核爆弾とその製造に必要な物資の入手を阻止しなければならない。これが、今後数年間の米国の最優先課題でなければならない。同時に、米国はロシアと中国との安定した戦略的関係を維持するとともに、新興核武装国が生み出す脅威に対抗し続けることで、自国と同盟国、協調国を核兵器による脅威や威嚇から守り、同盟国や協調国が自前の核抑止力を持とうと考えてしまいかねない誘因を減らしていくことが不可欠だ。
…というわけで、以下のような提案がなされています。
By maintaining a credible nuclear deterrent and reinforcing regional security architectures with missile defenses and other conventional military capabilities, we can reassure our non-nuclear allies and partners worldwide of our security commitments to them and confirm that they do not need nuclear weapons capabilities of their own. (2010 NPR, p.vi)
米国は信頼できる核抑止力を維持するとともに、ミサイル防衛や通常戦力により地域の安全保障構造を強化することで、世界中の非核兵器国である同盟国と協調国の安全を確保する責任を改めて負うことができるのであり、そうであれば、同盟国と協調国は自前の核抑止力を持つ必要はないということが確認できる。
米国の同盟国や協調国の中には、核兵器開発能力を持つ国(ここには日本も含まれます)があり、そうした同盟国や協調国が核兵器開発に走ってしまわないためにも、米国が拡大抑止の責任を負い続けることが重要であるとの指摘は、ペリー・シュレシンジャー報告書にもありましたが、この考え方はそのままオバマ政権のNPRにも踏襲されていることが分かります。オバマ政権のNPRでは、米国の同盟国と協調国による核拡散を防ぐという意味で、「信頼できる核抑止力の維持」と「核不拡散」を論理的に結び付け、核抑止力を維持するということが米国の安全保障戦略上のそのままの意味として説明されるているのではなく、あたかも核不拡散政策の一環であるかのような印象を与える書かれ方になっています。
ここで問題となるのは、核兵器の数も、核兵器の戦略上の役割も減らすといっているオバマ政権の拡大抑止を、同盟国と協調国は本当にあてにできるのか?…ということでしょう。
III. 恫喝の消極的安全保証
核兵器の役割縮小は、オバマ政権のNPRの特筆すべき最大のポイントであるといっても、過言ではないでしょう。先にも述べた通り、クリントン、ブッシュ両前政権のNPRの長所は、あらゆる事態に対応できる「柔軟性」を確保していることであって、そのためにも、核兵器の役割をできるだけ広く、曖昧にしておくことが重要であると考えられていました。
例えば、クリントン政権のNPRでは、生物・化学兵器による攻撃も核抑止力の対象に含めていましたし、ブッシュ政権の場合ですと、2008年9月に国防総省とエネルギー省がまとめた「21世紀における国家安全保障と核兵器」(http://www.defense.gov/news/nuclearweaponspolicy.pdf)と題した報告書で、核兵器の役割について以下のように記述していました。
The policies of successive U.S. administrations have shown a marked continuity in the purposes assigned to nuclear forces. U.S. nuclear forces have served, and continue to serve, to: 1) deter acts of aggression involving nuclear weapons or other weapons of mass destruction; 2) help deter, in concert with general-purpose forces, major conventional attacks; and 3) support deterrence by holding at risk key targets that cannot be threatened effectively by non-nuclear weapons. Because of their immense destructive power, nuclear weapons, as recognized in the 2006 National Security Strategy, deter in a way that simply cannot be duplicated by other weapons.
これまでの米政権の政策について一貫して言えることは、核戦力に割り当てられる役割を継続させてきたということだ。米国の核戦力は、これまでも、そして今後も、次の通りの役割を果たしていくことになる。①核兵器、その他の大量破壊兵器を伴う侵略行為の抑止②一般目的戦力と連携し、通常戦力による大規模な攻撃の抑止を後押し③非核兵器では効果的に威嚇できない重要目標を危険な状態にさせ続けることにより抑止を支援――の三つの役割だ。国家安全保障戦略(National Security Strategy, NSS)が2006年に示した認識の通り、核兵器は、その莫大な破壊力故に、他の兵器では簡単に真似できない方法で抑止しているのである。
一方で、オバマ政権のNPRの場合、柔軟性の確保を目指すあまり、できるだけ多くの核兵器を保有しておいた方がよいということになり、結果、余分な核兵器まで持ち続けることになるよりも、余分な核兵器はなるべく減らし、保有する核兵器の数を必要最低限にしたいという意図がある。そのためにも、核軍縮に向けたインセンティブをある程度高めておく必要があり、「柔軟性の確保」の代わりに、「Nuclear Tipping Pointの回避」という理屈を持ち出し、核政策の方向性を転換しようとしていることは先述した通りです。
オバマ政権のNPRにおいて最優先となる課題は、Nuclear Tipping Pointへと向かう歩みを速めてしまうきっかけをなくしていくことであり、しっかり管理できないほど大量の核兵器を備蓄し続け、備蓄核兵器の管理がおざなりな状態のままであることは、まさにNuclear Tipping Pointへと近づくきっかけになり得るので、核戦力のサイズをきちんとした管理が行き届くところまで縮小させたい。安全・確実・効果的な核兵器を今後も維持していくにしても、そのためには核の管理強化の議論は避けて通れず、故にオバマ政権のNPRでは、備蓄核兵器の管理を支えるインフラや科学者、技術者などの人的資源の確保、核関連施設の刷新と拡充のための投資を大幅に増大させていく方針を打ち出しています。
実際、オバマ政権のNPRは、米国のNuclear Complex(核関連施設)の現状について、以下のような懸念を指摘しています。
Today’s nuclear complex, however, has fallen into neglect. Although substantial science, technology, and engineering investments were made over the last decade under the auspices of the Stockpile Stewardship Program, the complex still includes many oversized and costly-to-maintain facilities built during the 1940s and 1950s. Some facilities needed for working with plutonium and uranium date back to the Manhattan Project. Safety, security, and environmental issues associated with these aging facilities are mounting, as are the costs of addressing them. (2010 NPR, p.40)
しかし、今ある核関連施設は、放置され、ほったらかしのままになっている。核備蓄管理計画のおかげで、ここ数十年以上、莫大な科学・技術・工学費用が投資されてはいるものの、1940~50年代に造られた規模が大きすぎる上に、維持しようにもお金がかかる施設が未だに多く残されている。中には、マンハッタン計画の頃にまで遡るプルトニウムとウランを必要としている施設さえある。コストの問題と同様、こうした古びた施設の安全性と確実性、そして環境面での問題など、取り組むべき課題が山積している。
実際、オバマ政権のNPRは、米国のNuclear Complex(核関連施設)の現状について、以下のような懸念を指摘しています。
Today’s nuclear complex, however, has fallen into neglect. Although substantial science, technology, and engineering investments were made over the last decade under the auspices of the Stockpile Stewardship Program, the complex still includes many oversized and costly-to-maintain facilities built during the 1940s and 1950s. Some facilities needed for working with plutonium and uranium date back to the Manhattan Project. Safety, security, and environmental issues associated with these aging facilities are mounting, as are the costs of addressing them. (2010 NPR, p.40)
しかし、今ある核関連施設は、放置され、ほったらかしのままになっている。核備蓄管理計画のおかげで、ここ数十年以上、莫大な科学・技術・工学費用が投資されてはいるものの、1940~50年代に造られた規模が大きすぎる上に、維持しようにもお金がかかる施設が未だに多く残されている。中には、マンハッタン計画の頃にまで遡るプルトニウムとウランを必要としている施設さえある。コストの問題と同様、こうした古びた施設の安全性と確実性、そして環境面での問題など、取り組むべき課題が山積している。
この問題に関連して、例えばロバート・ゲーツ国防長官は、オバマ政権のNPRに寄せた前文の中で、老朽化した核関連インフラを再建するために、今後数年間、国防総省の予算から約50億ドルをエネルギー省に譲渡するよう要請していると述べています。
核兵器の役割を広く、曖昧にしておくと、どうしても核戦力のサイズが膨らみがちであり、結果、管理コストも大きくなるはずですが、一方で、役割は不明だが、何かあったときのため、とりあえず持っている貯蔵核兵器の管理まできちんとしようというインセンティブなど、なかなか保てるわけもなく、それ故、上のオバマ政権のNPRで指摘されているような問題が出てきてしまっているのではないかとも邪推します。従って、核戦力のサイズを小さくするとともに、備蓄核兵器の管理を強化していくためには、核兵器の役割を縮小するということが不可欠だったと思われます。
核兵器の役割についてのオバマ政権のNPRにおける考え方は、以下の通りです。
The fundamental role of U.S. nuclear weapons, which will continue as long as nuclear weapons exist, is to deter nuclear attack on the United States, our allies, and partners. (2010 NPR, p.15)
核兵器が存在し続ける限り、米国の核兵器が引き続き果たすことになる基本的な役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止することである。
オバマ政権のNPRは、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃の抑止を、核兵器の基本的役割とした理由として、「冷戦の終結」と「通常戦力が強化されたこと」の二つを挙げています。
冷戦期には、ソ連とワルシャワ条約機構加盟国の通常戦力による大規模な軍事侵攻を抑止する役割が核兵器に与えられていましたし、米国が生物・化学兵器を禁止する国際条約に加入してからは、生物・科学兵器が使えなくなるわけですが、生物・化学兵器の開発を続けている国は存在しており、米国と同盟国・協調国に対する生物・化学兵器による攻撃の抑止も、核兵器に期待された役割でもありました。
ところが冷戦が終わり、ロシアはもはや米国の敵ではなく、ワルシャワ条約機構加盟国も今や北大西洋条約機構(NATO)の一員です。また、通常戦力の発展も目覚ましく、生物・化学兵器による攻撃の抑止も、通常兵器で可能となっています。
…というわけで、非核攻撃(通常兵器、生物・化学兵器)に対する抑止という意味での核兵器の役割は大幅に縮小されることになり、核兵器の役割は基本的には核攻撃の抑止に限定されるというのが、オバマ政権のNPRにおける理屈です。
The fundamental role of U.S. nuclear weapons, which will continue as long as nuclear weapons exist, is to deter nuclear attack on the United States, our allies, and partners. (2010 NPR, p.15)
核兵器が存在し続ける限り、米国の核兵器が引き続き果たすことになる基本的な役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止することである。
オバマ政権のNPRは、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃の抑止を、核兵器の基本的役割とした理由として、「冷戦の終結」と「通常戦力が強化されたこと」の二つを挙げています。
冷戦期には、ソ連とワルシャワ条約機構加盟国の通常戦力による大規模な軍事侵攻を抑止する役割が核兵器に与えられていましたし、米国が生物・化学兵器を禁止する国際条約に加入してからは、生物・科学兵器が使えなくなるわけですが、生物・化学兵器の開発を続けている国は存在しており、米国と同盟国・協調国に対する生物・化学兵器による攻撃の抑止も、核兵器に期待された役割でもありました。
ところが冷戦が終わり、ロシアはもはや米国の敵ではなく、ワルシャワ条約機構加盟国も今や北大西洋条約機構(NATO)の一員です。また、通常戦力の発展も目覚ましく、生物・化学兵器による攻撃の抑止も、通常兵器で可能となっています。
…というわけで、非核攻撃(通常兵器、生物・化学兵器)に対する抑止という意味での核兵器の役割は大幅に縮小されることになり、核兵器の役割は基本的には核攻撃の抑止に限定されるというのが、オバマ政権のNPRにおける理屈です。
そうではあるのですが、それでもなお、米国と米国の同盟国・協調国に対する通常兵器、もしくは生物・化学兵器による攻撃の抑止という役割を、核兵器が果たさなければならない「狭い範囲の有事(a narrow range of contingencies=2010 NPR, p.16)」があるとオバマ政権のNPRでは指摘されています。この「狭い範囲の有事」を説明するためにオバマ政権のNPRで持ち出されているのが、「消極的安全保証(Negative Security Assurance=NSA)」なのです。
NSAは、核兵器国が非核兵器国に対して核兵器を使用しないことを約束し、非核兵器国に安全の保証を提供するというものです。米、ロ、英、仏、中の核兵器国はNSAを非核兵器国に提供するとする一方的宣言を行っていることに加え、1995年に採択された国連安保理決議984でもNSAが確認されています。従って、オバマ政権のNPRでも言及されているように、NSAは米国が「長らく(long-standing)提供してきたもの(2010 NPR, p.15)」であって、オバマ政権のNPRがNSAに触れているということ自体は、真新しいことでも何でもないのです。
オバマ政権のNPRがNSAに言及していることについて注目すべき点は、NSAの対象を特定したということなのです。オバマ政権のNPRでは、NSAについて以下のように書かれてあります。
To that end, the United States is now prepared to strengthen its long-standing “negative security assurance”by declaring that the United States will not use or threaten to use nuclear weapons against non-nuclear weapons states that are party to the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT) and in compliance with their nuclear non-proliferation obligations. (2010 NPR, p.15)
この(非核攻撃に対する核兵器の役割を縮小するという)目的のためにも、核拡散防止条約(NPT)の加盟国で、かつ、核不拡散義務を遵守する非核兵器国に対しては、米国は核兵器を使用しないし、核兵器による威嚇も行わないと宣言し、長らく(非核兵器国に)提供してきた「消極的安全保証」を強化しようと考えている。
つまり、逆に言えば、米国が提供するNSAの非対象国となるNPTの非加盟国で、核不拡散義務を守らない国は、そのまま、非核攻撃に対してであっても核兵器による抑止力が留保される「狭い範囲の有事」を引き起こす国として認識されるということになるわけです。このことについて、実際、オバマ政権のNPRで、以下のように述べられています。
In the case of countries not covered by this assurance―states that possess nuclear weapons and states not in compliance with their nuclear non-proliferation obligations― there remains a narrow range of contingencies in which U.S. nuclear weapons may still play a role in deterring a conventional or CBW attack against the United States or its allies and partners. The United States is therefore not prepared at the present time to adopt a universal policy that the“sole purpose”of U.S. nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States and our allies and partners, but will work to establish conditions under which such a policy could be safely adopted. (2010 NPR, p.16)
核兵器を保有する国、そして核不拡散義務を遵守しない国という、この強化されたNSAの対象外となる国の場合は、通常兵器や生物・化学兵器による米国と米国の同盟国・協調国に対する攻撃を抑止するための役割を、米国の核兵器が果たし続けることになる狭い範囲の有事が存在する。従って、米国の核兵器の役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止するためであるとする「唯一の目的」政策を採用する準備は、今はない。しかし、「唯一の目的」政策を安全に採用できるような環境を醸成するための努力はしていく。
オバマ政権のNPRではこの「米国版強化NSA」の非対象国がどの国であるのか明言されているわけではありませんが、オバマ政権のNPRで名指しで批判されていることからしても、とりあえずは北朝鮮とイランが、「米国版強化NSA」の対象から外れる国であることは間違いないでしょう。ですので、北朝鮮やイランのような国の場合は、核攻撃であろうが非核攻撃であろうが、米国の核兵器による抑止の対象になることをはっきりさせたのだから、そこのところを忘れるなよと恫喝しているわけです。
かくして、「狭い範囲の有事」ということで非核攻撃に対する核兵器の役割が留保される部分が残され、北朝鮮とイランのような、ろくに核不拡散義務を果たさない不届き国家がいる限り、核兵器の役割を核攻撃の抑止のためだけに限定するという「唯一の目的」政策を採用することなどできませんという、核兵器廃絶を目指している人たちが、オバマ政権のNPRの中でも、特に失望させられた部分ではないかと思われる立場も明確にさせています。
この「米国版強化NSA」についてジョー・バイデン副大統領が述べていることは、さらに露骨な恫喝に聞こえます。(http://www.whitehouse.gov/the-press-office/op-ed-vice-president-joe-biden-a-comprehensive-nuclear-arms-strategy)
This approach provides additional incentives for countries to fully comply with nonproliferation norms. Those that do not will be more isolated and less secure.
この(米国版強化NSAという)アプローチによって、核不拡散の規範を十分に遵守する国は、さらに優遇されることになる。そうではない国は、さらに孤立し、一層安全ではない状況に置かれるということになる。
オバマ政権のNPRがNSAに言及していることについて注目すべき点は、NSAの対象を特定したということなのです。オバマ政権のNPRでは、NSAについて以下のように書かれてあります。
To that end, the United States is now prepared to strengthen its long-standing “negative security assurance”by declaring that the United States will not use or threaten to use nuclear weapons against non-nuclear weapons states that are party to the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT) and in compliance with their nuclear non-proliferation obligations. (2010 NPR, p.15)
この(非核攻撃に対する核兵器の役割を縮小するという)目的のためにも、核拡散防止条約(NPT)の加盟国で、かつ、核不拡散義務を遵守する非核兵器国に対しては、米国は核兵器を使用しないし、核兵器による威嚇も行わないと宣言し、長らく(非核兵器国に)提供してきた「消極的安全保証」を強化しようと考えている。
つまり、逆に言えば、米国が提供するNSAの非対象国となるNPTの非加盟国で、核不拡散義務を守らない国は、そのまま、非核攻撃に対してであっても核兵器による抑止力が留保される「狭い範囲の有事」を引き起こす国として認識されるということになるわけです。このことについて、実際、オバマ政権のNPRで、以下のように述べられています。
In the case of countries not covered by this assurance―states that possess nuclear weapons and states not in compliance with their nuclear non-proliferation obligations― there remains a narrow range of contingencies in which U.S. nuclear weapons may still play a role in deterring a conventional or CBW attack against the United States or its allies and partners. The United States is therefore not prepared at the present time to adopt a universal policy that the“sole purpose”of U.S. nuclear weapons is to deter nuclear attack on the United States and our allies and partners, but will work to establish conditions under which such a policy could be safely adopted. (2010 NPR, p.16)
核兵器を保有する国、そして核不拡散義務を遵守しない国という、この強化されたNSAの対象外となる国の場合は、通常兵器や生物・化学兵器による米国と米国の同盟国・協調国に対する攻撃を抑止するための役割を、米国の核兵器が果たし続けることになる狭い範囲の有事が存在する。従って、米国の核兵器の役割は、米国と米国の同盟国・協調国に対する核攻撃を抑止するためであるとする「唯一の目的」政策を採用する準備は、今はない。しかし、「唯一の目的」政策を安全に採用できるような環境を醸成するための努力はしていく。
オバマ政権のNPRではこの「米国版強化NSA」の非対象国がどの国であるのか明言されているわけではありませんが、オバマ政権のNPRで名指しで批判されていることからしても、とりあえずは北朝鮮とイランが、「米国版強化NSA」の対象から外れる国であることは間違いないでしょう。ですので、北朝鮮やイランのような国の場合は、核攻撃であろうが非核攻撃であろうが、米国の核兵器による抑止の対象になることをはっきりさせたのだから、そこのところを忘れるなよと恫喝しているわけです。
かくして、「狭い範囲の有事」ということで非核攻撃に対する核兵器の役割が留保される部分が残され、北朝鮮とイランのような、ろくに核不拡散義務を果たさない不届き国家がいる限り、核兵器の役割を核攻撃の抑止のためだけに限定するという「唯一の目的」政策を採用することなどできませんという、核兵器廃絶を目指している人たちが、オバマ政権のNPRの中でも、特に失望させられた部分ではないかと思われる立場も明確にさせています。
この「米国版強化NSA」についてジョー・バイデン副大統領が述べていることは、さらに露骨な恫喝に聞こえます。(http://www.whitehouse.gov/the-press-office/op-ed-vice-president-joe-biden-a-comprehensive-nuclear-arms-strategy)
This approach provides additional incentives for countries to fully comply with nonproliferation norms. Those that do not will be more isolated and less secure.
この(米国版強化NSAという)アプローチによって、核不拡散の規範を十分に遵守する国は、さらに優遇されることになる。そうではない国は、さらに孤立し、一層安全ではない状況に置かれるということになる。
IV. 新型核弾頭は開発しない?
オバマ政権のNPRでは、新型核弾頭の開発を行わないとする方針が明記され、この点も注目されました。オバマ政権のNPRで示されている方針は以下の通りです。
The United States will not develop new nuclear warheads. Life Extension Programs will use only nuclear components based on previously tested designs, and will not support new military missions or provide for new military capabilities. (2010 NPR, p.39)
米国は新型核弾頭の開発を行わない。核弾頭の寿命延長計画(LEP)は、過去に実験を終えている設計に基づく核弾頭に対してのみ実施され、新たな軍事活動を支援したり、新しい軍事力を提供するために行われることはない。
さらに続けて、以下のように記述しています。
The United States will study options for ensuring the safety, security, and reliability of nuclear warheads on a case-by-case basis, consistent with the congressionally mandated Stockpile Management Program. The full range of LEP approaches will be considered: refurbishment of existing warheads, reuse of nuclear components from different warheads, and replacement of nuclear components. (2010 NPR, ibid.)
米国は議会が決定した核備蓄管理計画に基づき、核兵器の安全性と確実性、信頼性を確保するための選択肢について、ケースバイケースで研究していく。LEPの手段としては、①既存の核弾頭の改修(refurbishment)②様々な核弾頭の部品の再使用(reuse)③核弾頭の代替(replacement)――の三つが考えられる。
…と以上のような方向性を明記した上で、以下のように続けています。
In any decision to proceed to engineering development for warhead LEPs, the United States will give strong preference to options for refurbishment or reuse. Replacement of nuclear components would be undertaken only if critical Stockpile Management Program goals could not otherwise be met, and if specifically authorized by the President and approved by Congress. (2010 NPR, ibid.)
LEPのための技術開発を進めるいかなる決定においても、米国は「改修」か「再使用」を最優先する。核弾頭の「代替」については、核備蓄管理計画の重要目標が達成できず、大統領の承認と、議会の同意がある場合にのみ着手される。
…というわけで、最終的にはオバマ大統領がすでに中止を決定している、新型核弾頭の開発にもつながる「高信頼性代替核弾頭(Reliable Replacement Warhead, RRW)」の開発計画が、再開される可能性もあるかのように読めるような記述も見られるわけです。
オバマ政権のNPRでは、新型核弾頭の開発を行わないとする方針が明記され、この点も注目されました。オバマ政権のNPRで示されている方針は以下の通りです。
The United States will not develop new nuclear warheads. Life Extension Programs will use only nuclear components based on previously tested designs, and will not support new military missions or provide for new military capabilities. (2010 NPR, p.39)
米国は新型核弾頭の開発を行わない。核弾頭の寿命延長計画(LEP)は、過去に実験を終えている設計に基づく核弾頭に対してのみ実施され、新たな軍事活動を支援したり、新しい軍事力を提供するために行われることはない。
さらに続けて、以下のように記述しています。
The United States will study options for ensuring the safety, security, and reliability of nuclear warheads on a case-by-case basis, consistent with the congressionally mandated Stockpile Management Program. The full range of LEP approaches will be considered: refurbishment of existing warheads, reuse of nuclear components from different warheads, and replacement of nuclear components. (2010 NPR, ibid.)
米国は議会が決定した核備蓄管理計画に基づき、核兵器の安全性と確実性、信頼性を確保するための選択肢について、ケースバイケースで研究していく。LEPの手段としては、①既存の核弾頭の改修(refurbishment)②様々な核弾頭の部品の再使用(reuse)③核弾頭の代替(replacement)――の三つが考えられる。
…と以上のような方向性を明記した上で、以下のように続けています。
In any decision to proceed to engineering development for warhead LEPs, the United States will give strong preference to options for refurbishment or reuse. Replacement of nuclear components would be undertaken only if critical Stockpile Management Program goals could not otherwise be met, and if specifically authorized by the President and approved by Congress. (2010 NPR, ibid.)
LEPのための技術開発を進めるいかなる決定においても、米国は「改修」か「再使用」を最優先する。核弾頭の「代替」については、核備蓄管理計画の重要目標が達成できず、大統領の承認と、議会の同意がある場合にのみ着手される。
…というわけで、最終的にはオバマ大統領がすでに中止を決定している、新型核弾頭の開発にもつながる「高信頼性代替核弾頭(Reliable Replacement Warhead, RRW)」の開発計画が、再開される可能性もあるかのように読めるような記述も見られるわけです。
RRWは信頼性が高く、長期保管が可能で、容易に維持管理できる次世代の核弾頭として期待されていたもので、NNSAが中心となり2004年から開発が始まっていました。米国が新規の核弾頭製造をやめる前の冷戦期は、次々と新型核弾頭が開発された一方で、核弾頭の維持管理に対しては優先度がそもそも低く、高性能核爆弾の中にはPBX9404やLX09のような、安定性に問題があり、寿命も短い爆薬が使われていたり(そのため、より安定性の高いPBX9504やLX17が使われるようになりましたが)、ひび割れしている貯蔵核弾頭が結構あったり、核弾頭の部品に使われるベリリウムは毒性が強く、核兵器工場で働くエネルギー省の職員の健康被害が心配されたり、金属プルトニウムについても強度低下によるひび割れや劣化が懸念されたりと、多くの問題を抱えていたわけです。なので、核弾頭を維持管理する上でのこうした問題を解決するために、RRWの開発に乗り出したということのようです。
しかし、NNSAにより委任された独立の防衛問題諮問グループ「ジェイソン(JASON)」が2006年9月に行った調査報告により、核兵器中にあるプルトニウムピットのほとんどの寿命が、最低でも100年はあることが確認されるなどしたため、RRW開発の意義は低下し、最終的にはオバマ大統領が昨年、RRW開発の中止を正式に表明する…という流れできていました。
ところが、オバマ政権のNPRには、核弾頭の「代替」の可能性に含みを持たした記述があるわけです。「代替」とは、まだ実験が行われていない新しい設計に基づいて、既存の核弾頭に替わる核弾頭を製造することを意味しますので、「代替」の選択肢を捨てずに残してある以上、オバマ政権で示されている新型核弾頭を開発しないとする方針は、有名無実化していると考えてよいでしょう。
しかし、NNSAにより委任された独立の防衛問題諮問グループ「ジェイソン(JASON)」が2006年9月に行った調査報告により、核兵器中にあるプルトニウムピットのほとんどの寿命が、最低でも100年はあることが確認されるなどしたため、RRW開発の意義は低下し、最終的にはオバマ大統領が昨年、RRW開発の中止を正式に表明する…という流れできていました。
ところが、オバマ政権のNPRには、核弾頭の「代替」の可能性に含みを持たした記述があるわけです。「代替」とは、まだ実験が行われていない新しい設計に基づいて、既存の核弾頭に替わる核弾頭を製造することを意味しますので、「代替」の選択肢を捨てずに残してある以上、オバマ政権で示されている新型核弾頭を開発しないとする方針は、有名無実化していると考えてよいでしょう。
新型核弾頭の開発をめぐるオバマ政権のNPRの上のような方針と関連して、それではオバマ政権のNPRでは、「新型核弾頭」とは何であると考えられ、それがどのように定義されているのか?という点に、当然、疑問の目が向けられることになります。オバマ政権のNPRでは、「新型核弾頭」という語に明確な定義が与えられてはいませんが、アームズ・コントロール・アソシエーションの研究部長であるトム・コリーナによると、オバマ政権は、2003会計年度の国防授権法(National Defense Authorization Act )で示された「新型核弾頭」についての定義に準拠しているのではないか…ということのようです。(http://www.armscontrol.org/act/2010_04/NewsAnalysis)
2003会計年度国防授権法における定義では、第一段階で起爆用核分裂反応を起こすプルトニウム・ピットと、第二段階でウランの核分裂反応や重水素化リチウムの核融合反応を引き起こす部分組立品(canned subassembly=CSA)の二つを合わせた「核爆発パッケージ」が核弾頭であるとされ、「新たな核兵器」とは、2002年現在、貯蔵・生産されているものとは異なる、新しいタイプのプルトニウム・ピットとCSAをつくることであるとなっています。2003会計年度国防授権法の下、米議会は、既存の設計に基づくプルトニウム・ピットとCSAの「改修」がLEPにより行われることについては認める一方で、プルトニウム・ピットとCSAをまったく新しい設計でつくり直すことは禁止しています。コリーナは、オバマ政権の関係者に取材した結果、オバマ政権が2003会計年度国防授権法の際のこうした考え方を、NPRに反映させているようだと結論付けているわけです。
ちなみに「ジェイソン」が2009年にまとめた報告書によると、「既存の核弾頭の寿命を数十年延長させることが可能であり、寿命が延長された核弾頭の信頼性が損なわれることはまったくない」との見方を示しています(http://www.armscontrol.org/act/2009_12/JASON)。
ちなみに「ジェイソン」が2009年にまとめた報告書によると、「既存の核弾頭の寿命を数十年延長させることが可能であり、寿命が延長された核弾頭の信頼性が損なわれることはまったくない」との見方を示しています(http://www.armscontrol.org/act/2009_12/JASON)。
この「ジェイソン」報告の結論をそのまま信じるのであれば、寿命を延長したところで核弾頭の信頼性が損なわれることは「まったくない」のだから、半永久的に既存の核弾頭の寿命を延長させ続けることができる…ということになります。従って、この「ジェイソン」報告は、オバマ政権のNPRで示唆されている「新型核弾頭などつくらなくとも、既存の核弾頭の改修で事は足りる。故に、新たに核実験を行う必要はなく、CTBTの批准も進められる」とする考え方の、論理的支柱となっているというわけです。
しかし、この「ジェイソン」報告の結論の根拠は不十分ではないかとの批判もあり、「ジェイソン」報告の見込みが外れる可能性も考えられるということで、オバマ政権のNPRでは、核弾頭の「代替」という選択肢も捨てずに残したということなのでしょう。
しかし、この「ジェイソン」報告の結論の根拠は不十分ではないかとの批判もあり、「ジェイソン」報告の見込みが外れる可能性も考えられるということで、オバマ政権のNPRでは、核弾頭の「代替」という選択肢も捨てずに残したということなのでしょう。
以上、見てきましたように、オバマ政権のNPRでは、核兵器開発といった場合、プルトニウム・ピットとCSAをいじることに限定されているため、運搬手段などの開発は核兵器開発の範疇に入らず、運搬手段の開発であれば、新型の開発であっても、ある程度は自由に進めることができる…ということになります。「ある程度は」と言ったのは、冒頭でも触れましたが、ICBMを「非MIRV化」する方針がオバマ政権のNPRではっきりと示されているためで、オバマ政権には、少なくともMIRV型の新型ICBMを今後、製造する意思はないことが分かるからです。
いずれにせよ、運搬手段については新型の製造が可能であり、オバマ政権のNPRでは「新たな軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供する目的でLEPを行うことはない」としているわけですが、それでは、LEPにより寿命が延長された既存の核弾頭を新型の運搬手段に搭載する場合、このことが「新しい軍事活動の支援」や「新たな軍事力の提供」に本当に当たらないと言えるのかどうかという疑問が、当然、起こるわけです。この点について、コリーナは以下のように指摘しています。
Another issue is how the administration defines a “nuclear weapon” in the context of its no-new-nuclear-weapons pledge. For example, the Air Force plans to begin work in fiscal year 2011 on a new, nuclear-capable long-range cruise missile, according to Department of Defense budget documents. The new missile would replace the current B-52 bomber-delivered air-launched cruise missile (ALCM) that is now in service but slated for retirement by 2030. ALCMs are armed with W80-1 nuclear warheads. Would the new missile count as a new nuclear weapon?
もう一つの問題は、オバマ政権が、新型核兵器はつくらないという約束の下、「核兵器」をどのように定義しているのかということだ。例えば、米国防総省の予算書からも明らかだが、米空軍は2011会計年度において、核弾頭を搭載できる新型長距離巡航ミサイルの開発に着手する予定だ。この新型長距離巡航ミサイルは、2030年に退役となるB-52戦略爆撃機に搭載し、発射する空中発射巡航ミサイル(ALCM)に替わるミサイルとなる予定だ。ALCMにはW80-1熱核弾頭を搭載している。(退役したALCMから外したW80-1熱核弾頭を新型長距離巡航ミサイルに搭載した場合)、この新型長距離巡航ミサイルは新型核兵器として数えられることになるのだろうか。
いずれにせよ、運搬手段については新型の製造が可能であり、オバマ政権のNPRでは「新たな軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供する目的でLEPを行うことはない」としているわけですが、それでは、LEPにより寿命が延長された既存の核弾頭を新型の運搬手段に搭載する場合、このことが「新しい軍事活動の支援」や「新たな軍事力の提供」に本当に当たらないと言えるのかどうかという疑問が、当然、起こるわけです。この点について、コリーナは以下のように指摘しています。
Another issue is how the administration defines a “nuclear weapon” in the context of its no-new-nuclear-weapons pledge. For example, the Air Force plans to begin work in fiscal year 2011 on a new, nuclear-capable long-range cruise missile, according to Department of Defense budget documents. The new missile would replace the current B-52 bomber-delivered air-launched cruise missile (ALCM) that is now in service but slated for retirement by 2030. ALCMs are armed with W80-1 nuclear warheads. Would the new missile count as a new nuclear weapon?
もう一つの問題は、オバマ政権が、新型核兵器はつくらないという約束の下、「核兵器」をどのように定義しているのかということだ。例えば、米国防総省の予算書からも明らかだが、米空軍は2011会計年度において、核弾頭を搭載できる新型長距離巡航ミサイルの開発に着手する予定だ。この新型長距離巡航ミサイルは、2030年に退役となるB-52戦略爆撃機に搭載し、発射する空中発射巡航ミサイル(ALCM)に替わるミサイルとなる予定だ。ALCMにはW80-1熱核弾頭を搭載している。(退役したALCMから外したW80-1熱核弾頭を新型長距離巡航ミサイルに搭載した場合)、この新型長距離巡航ミサイルは新型核兵器として数えられることになるのだろうか。
コリーナはさらに続けて次のような現状にも言及しています。
According to an administration source, Obama’s reference to “nuclear weapons” was specific to nuclear warheads, not delivery systems such as missiles and airplanes. Indeed, in addition to the new cruise missile, the administration is moving ahead with a variety of nuclear-capable delivery systems, such as the F-35 Joint Strike Fighter, a replacement for the Ohio-class nuclear-armed submarine, and the modernization of existing strategic ballistic missiles such as the land-based Minuteman III and submarine-based Trident II.
オバマ政権の関係者によると、オバマ政権のNPRで言われるところの「核兵器」とは、専ら核弾頭のことを指し、ミサイルや爆撃機などの運搬システムは含まれていないという。実際、オバマ政権は、新型長距離巡航ミサイルの開発ばかりでなく、F-35統合打撃戦闘機(JSF)の開発や、オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦の改良、地上発射型のミニッツマンIIIと潜水艦発射型のトライデントIIをはじめとする既存の戦略弾道ミサイルの近代化など、様々な種類の核弾頭搭載可能な運搬システムの開発を進めていこうとしている。
ぶっちゃけて言ってしまえば、オバマ政権のNPRで示されている「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭を開発しない」とする方針は、プルトニウム・ピットとCSAだけ見ればそうであると言えるかもしれませんが、それでも既存のプルトニウム・ピットとCSAの「代替」が将来的に行われることもあり得るのであり、新型運搬手段の開発に至っては、ほぼ自由に進められることを加味すれば、この方針は嘘っぱちだと言ってもいいかもしれません。
さらに穿った見方をしてしまえば、「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭の開発をしない」というオバマ政権のNPRの方針が、嘘っぱちであるようにも読めるということは、裏を返せば、米国の核抑止力が低下することはないというメッセージを暗に含めているとも思えます。つまり、この「新型核弾頭は開発せず」と言いつつも、新型核弾頭の開発につながる「代替」の可能性を排除しないといい、その上、運搬手段の開発については「新型核兵器開発」には含まれないとする方針は、前のクリントン政権やブッシュ政権のNPRとは違った形での「柔軟性の確保」であるとも言えるでしょう。
(未完続く…まもなく終わります)
オバマ政権の関係者によると、オバマ政権のNPRで言われるところの「核兵器」とは、専ら核弾頭のことを指し、ミサイルや爆撃機などの運搬システムは含まれていないという。実際、オバマ政権は、新型長距離巡航ミサイルの開発ばかりでなく、F-35統合打撃戦闘機(JSF)の開発や、オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦の改良、地上発射型のミニッツマンIIIと潜水艦発射型のトライデントIIをはじめとする既存の戦略弾道ミサイルの近代化など、様々な種類の核弾頭搭載可能な運搬システムの開発を進めていこうとしている。
ぶっちゃけて言ってしまえば、オバマ政権のNPRで示されている「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭を開発しない」とする方針は、プルトニウム・ピットとCSAだけ見ればそうであると言えるかもしれませんが、それでも既存のプルトニウム・ピットとCSAの「代替」が将来的に行われることもあり得るのであり、新型運搬手段の開発に至っては、ほぼ自由に進められることを加味すれば、この方針は嘘っぱちだと言ってもいいかもしれません。
さらに穿った見方をしてしまえば、「新しい軍事活動を支援したり、新たな軍事力を提供するための新型核弾頭の開発をしない」というオバマ政権のNPRの方針が、嘘っぱちであるようにも読めるということは、裏を返せば、米国の核抑止力が低下することはないというメッセージを暗に含めているとも思えます。つまり、この「新型核弾頭は開発せず」と言いつつも、新型核弾頭の開発につながる「代替」の可能性を排除しないといい、その上、運搬手段の開発については「新型核兵器開発」には含まれないとする方針は、前のクリントン政権やブッシュ政権のNPRとは違った形での「柔軟性の確保」であるとも言えるでしょう。
(未完続く…まもなく終わります)