所用で忙しかったため、久しぶりの更新となります。
今回は、昨年、軍事評論家の岡部いさくさんが取り上げて以来、
話題になった非核攻撃ミサイル(CSM)について、触れてみようと思います。
オバマ米大統領が「核兵器のない世界」を目指すとした演説は、
「核兵器ゼロ」という理想の追求を強調する一方で、
「当面の核抑止力を維持する必要性」にも言及しているという、
クリントン政権の「核態勢見直し(NPR)」で示された
"Lead but Hedge policy(核軍縮をリードするが核抑止もする)"
という考え方を、基本的には踏襲したものであることを
以前に、このブログで解説しました。
オバマ政権も、核抑止力の重要性をよくよく認識していることから、
自国ないし同盟国の安全を守ることが、まずは重要であると
考えているのであって、この点が基本的な考え方である以上、
安全保障政策については、米国の従来の政権と、
それほど大きくは変わらないでしょう。
従って、「核兵器のない世界」を実現するとはいっても、
その先には、核兵器に代わる抑止用新兵器の登場があって
しかるべきだろうと考えるのが自然なのかもしれません。
オバマ米大統領が言う「核兵器ゼロ」に
以上のような印象を、わりと多くの人が持っているからなのでしょうか?
岡部いさくさんがCSMを取り上げたときは、
「それみたことか!」的な反応をする人も、結構いたように思います。
それ故、CSMが「空から鉄の雨が降ってくる!」みたいに表現されたりと、
米国は、核兵器に代わるとんでもない新兵器をつくろうとしている
というセンセーショナルなイメージだけが先行し、
結果的に、若干の誤解が散見されます。
例えば、たまに目にする、
CSMは、オバマ政権が核兵器に代わる「新兵器」として、
積極的に開発を進めようとしているのものなのでは?
というイメージについて。
CSMが、純粋な「新兵器」なのかというと、
本当にそういえるのかどうか、ちょっと微妙かなという印象です。
なぜかというと、CSMのコンセプトは極めてシンプルで、
核弾頭の運搬手段として存在している既存の
大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの
長距離弾道ミサイルに、核弾頭ではなく、通常弾頭を搭載して、
飛ばすことができるようにしようじゃないかというものにすぎないからです。
ですので、CSMの研究開発は、もっぱら、ミサイルの弾頭搭載部分となる
再突入体の改良に特化されているという感じです。
また、周知の通り、オバマ政権になって初めて、
CSMの研究開発に着手したというわけではなく、
CSMは、ブッシュ政権の2001年のNPRで示された
核の新三本柱の考え方が背景にあり、
研究開発の加速化が期待されるようになっています。
ブッシュ政権が示した核の新三本柱では、
ICBM、SLBM、戦略爆撃機という
従来の核の三本柱に、非核兵器(通常兵器)も加えられ、
核兵器と通常兵器の双方を合わせた、統合的な抑止機能が
期待されていたわけですが、
同時に、ブッシュ政権は、核兵器を小型化し、威力を限定化することで、
核兵器を攻撃兵器としても運用することを視野に入れており、
通常兵器に、そうした核兵器と同様の攻撃的運用を期待した場合、
長距離弾道ミサイルに通常弾頭を搭載するという考え方が、
一番しっくりときたということのようです。
この核の新三本柱の考え方が示された当時、
米国防省側は国防省側で、
「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(Prompt Global Strike,PGS)」
構想を具体化させていたので、
PGSにとっても、CSMが最適であると評価されてもいました。
一方で、米国のCSM開発は、オバマ政権の核兵器政策の"Lead"の部分である
核軍縮の進展の障害となっていることもまた、事実のようです。
例えば、米国の軍縮・軍備管理を専門とするシンクタンク、
アームズコントロール・アソシエーションが発行している
アームズ・コントロール・トゥデイ誌に掲載されていた記事
http://www.armscontrol.org/act/2009_04/START
の記述を以下で引用します。
Additionally, Lavrov laid out several positions that Moscow considers crucial to disarmament generally and that may impact the negotiations for the START successor.
A "sustainable and consistent disarmament process," Lavrov asserted, requires that states do not deploy "strategic offensive weapons equipped with conventional warheads."
The Bush administration actively pursued such a capability, which it referred to as Prompt Global Strike, and requested $117 million in fiscal year 2009 to research land-based and submarine-based long-range conventional missiles. Congress approved $124 million for the program.
また、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ロシア政府が軍縮全般にとって極めて重要であると見なしている考え方や、戦略兵器削減条約(START)に代わる新条約交渉に大きな影響を与えることになるかもしれない見解について説明した。ラブロフ外相は「持続可能で、かつ、一貫した軍縮プロセスに必要なのは、米ロが通常弾頭を搭載した戦略攻撃兵器を配備しないことだ」と強調する。確かに、ブッシュ政権は「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(PGS)」という考え方の下、通常攻撃兵器の研究開発を積極的に進めようとしてきた。大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの長距離弾道ミサイルに通常弾頭を搭載できるようにするための研究開発費として、1億1700万ドルを2009年度予算に盛り込むよう要求されていたが、実際に議会が承認した額は1億2400万ドルだった。
(引用終わり)
STARTに代わる新条約についての合意が、
昨年内中にはまとまらなかったことの理由の一つに、
米国のCSMの研究開発があることは間違いなく、
CSMの研究開発に対するロシア側の懸念の払拭が、
米ロの核軍縮の進展に欠かせない要素の一つとなっているようです。
実際に、以下のような報道もあります。
非核ミサイルも制限へ 米露の新核軍縮条約で露外相
2009.12.22 18:28
ロシアのラブロフ外相は22日、訪問中のウズベキスタンの大学で講演し、米国との間で交渉中の第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新核軍縮条約には、核弾頭を搭載しない戦略攻撃兵器の制限についても何らかの形で盛り込まれると述べた。インタファクス通信が伝えた。
外相は、新条約では「核弾頭搭載と通常弾頭搭載の戦略攻撃兵器の相互関係が規定される」と述べ、核弾頭は搭載しないが命中精度の高い米国の巡航ミサイルなどにも一定の制限が加えられるとの見方を示した。
外相は、新条約締結交渉は「ほとんど終わった」と強調。前例のないほど大幅な戦略核の削減を実現し、検証措置で米露が対等の権利を持つものになると述べた。(共同)
共同の記事では、ラブロフ外相の「」内の発言から外れたところで、
記者が主観で勝手に変な解説を付けていますが、
共同の記事にあるような巡航ミサイル云々というよりも、
むしろ、PGSの考え方の下、即時対応性をさらに追求した
PGS兵器としての非核兵器の方が問題になっているはずです。
ですので、アームズ・コントロール・トゥデイ誌の記事にあるように、
米国のCSMの研究開発を牽制し、
非核ミサイルの制限についての規定を
STARTに代わる新条約に盛り込みたいと
ラブロフ外相は言っているのでしょう。
米国内でも、核軍縮を進めたくとも、CSMの研究開発が、
他の核兵器国を不安にさせるのではとの世論があるようです。
2008年5月16日に出された米国議会調査局(CRS)の報告書では、
http://fpc.state.gov/documents/organization/107248.pdf
CSMの研究開発がロシアや中国などの誤解を誘うのではと
懸念する議員が多いことが指摘されています。
従って、CSMの研究開発費という
個別に特化された予算計上の要求に対しては、
議会は一貫してこれを拒否しており、
代わりに、PGS全体としての研究開発費として、
予算を計上するという形を取っていることから、
CSMの研究開発に対する議会の微妙な対応が見て取れます。
また、PGSの予算額に関しては、特に2008年度予算になりますが、
CSMの研究開発に予算を割り当てようにも、
計上予算の額が「足りない」と、
ブッシュ政権が不満を漏らしていたとの記述もあります。
半面、CSMの研究開発は進展してはいて、
上の米国議会調査局の報告書によると、
2009年度予算では、通常弾頭を搭載する
極超音速飛行体の研究開発が進んでいることにも配慮し、
要求額から3000万ドル上乗せした1億4700万ドルが計上されたようです。
(先のアームズ・コントロール・トゥデイ誌の記事では
1億2400万ドルとなっていましたが)
CSMの研究開発の進捗状況については、
米空軍協会が発行しているAirforce Magazineの記事が
わりと詳しいかな?という感じです。
以下で紹介します。
Moving Forward on Conventional Strike Missile
非核攻撃ミサイルの進捗状況
7/6/2009
http://www.airforce-magazine.com/DRArchive/Pages/2009/July%202009/July%2006%202009/MovingForwardonConventionalStrikeMissile.aspx
Moving Forward on Conventional Strike Missile: The Air Force issued a notice last month saying it intends to task Lockheed Martin with developing a “payload delivery vehicle” for its conventional strike missile concept. The PDV would essentially be the shroud that protects the CSM’s weapons payload while the missile is en route at hypersonic speeds to the target.
米空軍が6月に出した通達によると、非核攻撃ミサイル(Conventional Strike Missile, CSM)用の「弾頭運搬体(payload delivery vehicle, PDV)」の開発を、ロッキード・マーティン社に任せる意向であるという。PDVは、標的に向かって極超音速で飛ぶCSMの弾頭を保護するためのシュラウドとなる。
The service said it wants the PDV to be ready for a 2012 flight demonstration. The notional CSM is a modified Minuteman III ICBM that carries a conventional weapons payload instead of a nuclear warhead. CSM is a leading contender to be the prompt global strike weapon that US Strategic Command wants at its disposal by 2015 to deal with extremely time-sensitive targets around the globe when there are little or no other military options.
米空軍は2012年に実施される飛行実証試験までに、PDVの開発を間に合わせたいとしている。CSMは便宜上の呼称であり、実際には大陸間弾道ミサイルのミニットマンIIIを、核弾頭ではなく通常弾頭の搭載を可能にし、運搬できるように改良したものである。米戦略軍が2015年までに運用できるようにしたいと考えている「全世界の標的を射程に入れた即時攻撃(Prompt Global Strike, PGS)兵器」は、PGS兵器を使用する以外の軍事的選択肢が他になく、かつ、一刻を争うような厳しい時間的制約のある状況で、標的の攻撃を可能にすることを目指しているものだが、CSMはPGS兵器の最有力候補であるといえる。
The Air Force has talked about basing CSMs at Vandenberg AFB, Calif. The Air Force’s notice states that the PDV would be based on Lockheed’s design for the hypersonic test vehicle-2 that the company is building for DARPA under the Falcon hypersonic research program, but “modified to accommodate a weapon.” DARPA plans to fly the first of two HTV-2 units before the end of the year over the Pacific Ocean; the second flight test will occur in 2010. Those flight tests are meant to validate that these unpowered air vehicles can withstand the rigors of high Mach speeds and execute some controlled lateral maneuvering.
米空軍は、CSMをカリフォルニアのバンデンバーグ空軍基地に配備すると語っている。米空軍の通達によると、CSM用のPDVはロッキード社が開発した極超音速実験機2(hypersonic test vehicle-2, HTV-2)の設計がベースになるという。HTV-2は、ロッキード社が米国防高等研究計画局(DARPA)により進められている極超音速飛行体研究計画(ファルコン計画)に従い、開発したものだが、米空軍の通達によると、「兵器としても使えるように改良された」という。DARPAは昨年末に、HTV-2二機の飛行実験を行う計画だ。今年も二回目の飛行実験が実施される予定である。飛行実験により、HTV-2のような非動力飛行体が超音速のスピードに耐えられかどうか実証するとともに、横操縦の能力がどの程度かについても確認する。(了)
オバマの言う「核兵器ゼロ」が将来的に実現したとしても、
次に待っているのは、通常兵器による抑止という考え方を基にして、
各国のミリタリー・バランスを調整していく世界であるのかもしれません。
核兵器に比べ、通常兵器はより「使いやすい」という点に注目すれば、
核の抑止力により世界の秩序が保たれていた時代よりも、
ひょっとしたら、もっと危うい時代が到来することになるかもしれません。
2 件のコメント:
お久さぁ~~aseanっす。
ぅう~ん、CSMは核兵器より難しいかもしんないですよね。。。
核兵器ってぇか、核爆弾ってのは普段(?)は結構安定した状態なんで運搬自体には余り気を使わなくても良かった。
(均等に起爆させる技術がミソですからね)
それが、単純に世間から悪人扱いされないってだけで(笑)通常弾頭に~って言ってみても、通常火薬がベースなら再突入の際に発生する高温で起爆してしまっては何の意味もなくなってしまう。
まぁ~超高速で飛翔して来て目標を破壊するってだけなら爆薬を搭載しなくても良いかも知れない:人工隕石?:(早過ぎて爆発の圧力が追いつかない可能性すらねぇ・・・)んだけど
何かそれだとローマ時代の投石器がエンジンを持っただけの話になっちゃって何気に情けないような・・・
使用可能な核兵器になっちゃったお陰で戦術核でさえも”核だ”と言うだけでNGになり、メンテナンス経費も馬鹿にならないから通常弾頭で・・・てな話には流石にもうそろそろ食傷気味な感を受けますねぇ・・・
しっかし、軍隊ってのはホントに生産性のカケラも無い存在だ、ってのは痛感しますね。
こんにちはaseanさん。
aseanさんが仰るような問題が
あるからだと思うんですけど、
CSMには爆薬を搭載しないみたいですね。
タングステンみたいな貫通力のある
金属を使った尖型弾頭にするらしいです。
だからなんだと思うんですけど、
CSM=「空から鉄のヤリがふりそそぐ」
みたく日本では言われてて(笑)。
これだと発想としては確かに、
マッハで飛ぶ誘導装置付きの
投石機みたいですよね(笑)。
核兵器はメンテナンス経費も高くつくし、
しかもほとんどが寿命を迎えているから
信頼性がなくなってきているし、
かといって、設計上、
新しく作り替えることができないタイプの
核兵器も多いし…
みたいな話は、オバマ政権のNPRの中で
山ほど書かれることになると
思うんですよね。
それじゃ、将来的には通常弾頭搭載の
長距離弾道ミサイルで行きましょうか
ってな話を一番歓迎しているのは、
実は、核NGだけど米国の抑止力頼りという
日本なんでしょうけどね。
なんか、日本としては、
CSMみたいな話は
願ったりかなったりみたいな
雰囲気があると思いますよ。
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